乗鞍岳  標高3026m 登山開始地点標高2702m     

  自分の足で登らない山シリーズ第2弾      2700m地点までバスで行ける3000m級の巨大な独立火山
 
◆ 2012年8月20日

 前回はロープウェーを使って茶臼岳の頂上に立った。この夏のうだるような暑さを避けて、楽して高所に行くという、なんとも安易な企画である。まさか、このいいかげんな企画がシリーズ化されるとは、誰も予想しなかったに違いない。しかし、予測できないのが現実の世の中の面白いところでもあるのだ。
 さて、このシリーズをなんと呼ぶか、いくつかの候補があがった。「インチキ登山シリーズ」「お手軽避暑登山シリーズ」「初心者でも楽々登山シリーズ」「手抜き登山シリーズ」などである。2日間ほど悩んだ末に、この企画を「自分の足で登らない山シリーズ」とすることにした。
 というわけで「自分の足で登らない山シリーズ」の第2弾は、「ハイヒールでも登れる3000m級の高山」というキャッチフレーズがついている山、乗鞍岳である。なんと、バスで2700mまで行けるのである。実際にハイヒールを履いて、登ってみようというのが今回の目的だ。
 というのは冗談で、そもそも27.5cmのハイヒールが売っているのか、疑問である。でも、マリア・シャラポアのようにでっかい女の人がいる外国ならば売っているかもしれない。

 今日は暑さで妄想が入っているようだが本題に戻ると、乗鞍岳はさすがに登山と言うよりも観光地なので、情報はたくさんある。場所は、長野県と岐阜県の境なので日帰りは無理である。宿泊は、乗鞍高原が近いが、夏休みなので混んでいそうだ。朝、松本のビジネスホテルを出て、松本電鉄上高地線に乗る。



  1 松本駅                      2 松本電鉄上高地線松本駅ホーム
   

 終点の新島々駅から、乗鞍高原経由白骨温泉行きのバスに乗り換えた。新島々駅から乗鞍岳山頂(畳平)まで、通しの乗車券を買ったら、2400円もした。標高が高いばかりでなく、値段も結構高い。しかも、今時珍しい硬券である。

  3 新島々駅前バスターミナル             4 乗鞍岳行きバス乗車券
   

 乗鞍高原のバスターミナルで再び乗り換える。ここからシャトルバスが毎時出ていて、結構混んでいる。人が多いのは、ここまで車で来る人が大部分だからだろう。

  5 乗鞍観光センターバスターミナル(乗鞍高原)
      

 混雑したバスに乗り込むと、おばあさんに片足をつっこんだ感じのオバサンと相席になった。じろじろ見られるので嫌な予感がする。意外と細い道をバスは登っていく。自衛隊が作った道だそうだ。

 「山にはよく来るの?」隣のオバサンがついに口を開く。「いや、あまり...」「高い山に登ったことないの?高山病になる人が多いのよ」「若いころ富士山に..」「あ、そう」「でも、防寒着とか、装備は必要ですよね」「あたりまえよ。3000m級の山をなめちゃダメよ。頂上まで行くの?」「ええ、まあせっかく来たので」「私は、お花畑だけよっ」(えっ、あれだけ説教しておいて、頂上には行かないんかいっ!! まあ、よく見ると登山と云うよりもハイキングといった装備だが...)
 「雪の山を登ったことは?」「低山で少しだけ」「高い山だから、まだ雪が残っているのよっ」(えぇっ、聞いてないよ。というより、8月は登山道には雪はないはずなんだけど...)「じゃあ、アイゼンが必要ですかね」「えっ...まあ、キックステップで登ればいいわよ。キックステップわかる?私は昔登ったことがあるから」「そうですか。ところで、雷鳥はいますかね」「何言ってるの。雷鳥を見たいのなら、穂高に行かなきゃダメよ」「....」まあ、確かに私より年上だろうが、50を過ぎたおっさんにいろいろご注信をいただき、有り難くも迷惑な山のベテランのオバサンである。
 そんな口撃をやりすごしていると、森林限界を超えて、ハイマツ帯に入ったようだ。バスの案内テープが雷鳥の名前の由来や、出会った時に驚かさない様にすることなど、注意事項を繰り返す。ついさっき、乗鞍岳には雷鳥がいないと断言したオバサンは、さすがにまずいと思ったのだろう。取り繕うように「雷鳥に会えるといいわねぇ」と、フォローのつもりらしい。返事をせずに無視していると、満員のバスは、10時ちょうどに標高2702mの畳平に到着した。

  6 乗鞍バスターミナル(畳平)
      

 ここは、一般人が交通機関を使って登れる日本で最も標高が高い場所である。天気が良く、風もないので思ったより寒くない。登山の格好をした人と普通の観光客が半々くらいか。

 ここ畳平には、旧日本軍の航空機エンジンの試験場があったそうだ。そのために早くから道路が開通したのだろう。高度3000mはゼロ戦の独壇場である。しかし、戦争末期、日本を爆撃するためにアメリカが開発したB29は、高度1万mを飛ぶため、日本の飛行機は迎撃できなかった。空気が薄いので、パイロットの意識はもうろうとし、なによりエンジンパワーが出ないのである。では、なぜ、B29は飛べたのか。その理由はターボエンジンと、機内の与圧である。ターボで薄い空気を圧縮してエンジンに送り込むことができたのである。高度1万mでは、乗員も酸素不足と寒さで死んでしまうが、機体を密閉してコンプレッサーで気圧を保つことができた。こんな飛行機を短期間に4000機も作って太平洋戦線に投入したのだから、アメリカの技術力と工業力は、当時も桁違いだったことがわかる。無謀な戦争であった。
 それにしても、米軍はどこでエンジンテストをしたんだろうか。エベレスト山頂でもまだ足りない。



 ここから剣ヶ峰までは、標高にしてたった300mの登りである。いよいよ3000mの高山帯を歩き出す。

 7 お花畑と不動岳


 駐車場からお花畑に降りていく。ところで、高山植物群落のあるところをなぜ「お花畑」というのだろうか。なんだか、昭和のテイストが漂う呼び方であるが、地図にも書いてある正式名称なのでしかたがない。

 8 お花畑から見た畳平と恵比寿岳


 それにしても、この景色はスイスかと思うほどの絵葉書的風景である。空の青さと樹木がないところがやはり高山だ。

  9 クマ注意看板                    10 不消ヶ池
   

 雪解け水がたまるのは爆裂火口だろうか。しかし、この青い水を貯める池には近づけないようになっている。泳いだら水は冷たいだろうなあ、心臓麻痺かなあ、などとくだらない想像をする。

 11 不動岳と不消ヶ池

 車道に出るまで軽い上りになっているが、何故か異様に苦しい。やはり、この標高では酸素が不足するようだ。



  12 自然科学研究機構乗鞍観測所入り口        13 山頂方面
   

 雪渓が見えた。雪は少し汚れているが、スキーをやっている人がいる。この時期にも雪があるということは、年間を通じて融けない万年雪ということになる。

  14 大雪渓とスキーヤー               15 肩の小屋へ その1
   

  16 肩の小屋へ その2               17 肩の小屋
   

 標高2800mの肩の小屋に到着した。この奥に宇宙線の観測施設があるため、車道が続いているようだ。ここまでは、たしかにハイヒールでも来られるだろう。

  18 肩の小屋から剣ヶ峰へ
  ここからは、斜度がきつくなり、登山道になる。

 19 山腹から見下ろした東大宇宙線研究所




 石が多い普通の登山道だが、なぜか息が苦しく、足の筋肉に疲労感がたまる。別に体調が悪いわけではない。標高2800m以上なので、酸素は平地の7割だ。登る人は多いが、やはりみなさん苦しそうである。スニーカーと登山靴の割合は半々。驚いたことにヒールのある靴で登っている女の人もいた。岩場なので靴は痛むだろうが、転ばなければ危険は全く無いので登れてしまうのかもしれない。
 高山植物と池、木の生えていない険しい山々と、まさに3000mの高山の景色がそこに広がっている。

  20 イワギキョウ                  21 肩の小屋を見下ろす
   

 標高2900mに到達。少し雲が出てきた。山頂からの眺望が心配である。
 ここで、ふと手のひらをみると、紫色になっていた。チアノーゼである。ヘモグロビンが酸素を十分に運べず、末梢まで酸素が行き渡らないのだろう。50m登っては1−2分休むという感じである。足の筋肉にすぐに乳酸がたまり、激しい運動をしたあとの感覚である。筋力、トレーニング不足かと思ったが、帰ってから筋肉痛が全くなかったことからも、酸素不足によりエネルギーが供給されなかったのだろう。

  22 標高2900m                   23 標高2900m直上
   

  24 大日岳方面を望む                25 剣ヶ峰
   

  26 蚕玉岳
  標高2979mの蚕玉岳に到着。息が苦しいので休む。

 27 剣ヶ峰と大日岳




 もう周囲には植物も生えていない。前方には鳥居のある剣が峰が迫ってきた。あとすこしである。大きな岩のある急坂を登り切ると頂上小屋である。残念ながら雲が広がり展望はない。

  28 剣ヶ峰へ                    29 頂上小屋
   

  30 標高3000m越え                 31 標高3000m直上
   

 腕の高度計が3000mを超えた。そして、11時55分、標高3026mの乗鞍岳最高峰、剣ヶ峰に到着した。狭い山頂には三角点と神社があり、たくさんの人でごった返している。高山病にならずに何とか登れたのはラッキーであった。

  32 権現池 その1                 33 剣ヶ峰頂上三角点
   

 写真のとおり、頂上からの景色は残念な結果に終わったが、眼下の池や岩肌はさすがに3000mである。

  34 剣ヶ峰頂上 その1               35 剣ヶ峰頂上から屏風岳を望む
   

  36 乗鞍本宮                    37 剣ヶ峰頂上気温表示
   

 気温は24℃とかなり高く、Tシャツ一枚でも登れてしまう。

  38 頂上高度計表示                 39 頂上から高天原方面を望む
   



  40 権現池 その2                 41 乗鞍高原方面を望む
   

 頂上で15分ほど休憩してから、下山する。下りはあまり酸素を必要としないので、楽である。岩場で転ばないようにするだけだが、観光客が多いせいか転ぶ人が続出している。とくに、普段山に登っていない軽装のおじさん、おばさんがコケている。

  42 富士見岳分岐                   43 富士見岳へ
   



 ついでなので、富士見岳にも登ることにした。ここからは畳平がよく見渡せる。

  44 富士見岳山頂                  45 富士見岳から畳平を望む
   

 畳平に帰着した。バスの発車時刻である14時5分まで時間があるので、バスターミナルの建物の中をうろうろする。3年前に、ここをウロウロしたのは、1頭のツキノワグマである。報道がまだ、記憶に新しい。失明したり、100針以上縫ったりするような多数のけが人を出したにもかかわらず、死者は奇跡的に出なかったらしい。クマは、駐車場で何人も襲ったあと、この建物で暴れて、最後に閉じ込められて射殺されている。観光客はパニックになったことだろう。現在は、そのことを感じさせるものはなにもない。まあ、下手にアピールして観光客を不安がらせると逆効果だろう。

 さて、写真46のように、土産物と並んで、登山用の衣類や靴、酸素などが結構広いスペースを割いて販売されていた。ここまで来て、あの雄大な山々を見ると、予定外に登ってみたくなってしまう人が多いのだろう。天候の急変にも準備ができていない人が多いのかもしれない。

 2時5分に名残惜しい畳平をあとにして、3時前に乗鞍高原観光センターに到着した。余裕の時間である。ここからバスを乗り換えて松本に戻ろう。バスの案内所でバス停の場所をきいて行ってみると、時刻表の文字がまばらである。嫌な予感がする。次の新島々行きは...4時26分であった。案内所に戻ってお姉さんに聞くが、やはり1時間半後らしい。他に松本に行く方法はないのかと詰め寄ったが、申し訳ありませんとのこと。タクシーはいるが、松本まで1万5千円くらいかかるようだ。シャトルバスは満員だが、乗鞍岳に行く人はほとんど車で来ているということだ。ここからのバス利用者は少ないのだろうが、それにしても想定外である。まあ、よく考えれば帰りのバス時刻を確認しておかなかった自分が悪い。

  46 畳平バスターミナル売店             47 乗鞍観光センターテラス
   

 ここは開き直って、高原のテラスで生ビールと辛揚げで、のんびりすることにする。松本から特急に乗ればなんとか今日中には帰れるだろう。

 GPSによる本日の歩行経路


 GPSによる今日の高度記録


 乗鞍岳は、バスで簡単に登れるが、やはり3000mの高度は伊達ではない。その素晴らしい景観は、観光客が押し寄せることからもわかるが、空気の薄さも紛れもなく3000mである。標高差300mの登りは、倍くらいに感じられた。気候は寒いかと思ったが、高度の割にはそれほどでもなく、調度良い避暑になった。
 そういえば、このサイトで探訪した場所の高度記録を塗り替えたことになる。はたして、「自分の足で登らない山シリーズ」の第3弾はあるのだろうか。

(本日の歩数:16047歩)         
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