神奈川県一周   徒歩による県境の旅も、いよいよ道志/丹沢の山岳地帯のクライマックスへ
◆第26日目(2011年10月8日) 月夜野白石峠  
    

 9月12日に道志川沿いの月夜野まで到達したこの県境の旅であるが、あれから約1ヶ月が経ってしまった。冬が来る前に何とか山岳地帯を抜けて、山中湖まで行きたい。しかし、そこは自然が相手、こちらが思っているようにはうまくいかないのである。その原因は9月21日に関東地方を直撃した台風15号だ。この大型台風は、丹沢の登山道をズタズタにしてしまったらしい。西丹沢は自然災害が多いことで有名な地域である。

 今日の予定ルートは、月夜野の両国橋から林道で神之川キャンプ場まで行き、そこから県境の尾根を登って標高900m の鐘撞山を経て標高1588mの大室山頂上をめざす。時間と体力があれば、さらに県境尾根伝いに西の標高1418mの加入道山まで足を伸ばし、白石峠から白石沢沿いに降りて、用木沢出合を経て、西丹沢自然教室へというかなりハードなコースだ。余裕がなければ、大室山から犬越路経由で直接西丹沢自然教室に降りる計画である。慣れた登山者ならともかく、私のようなド素人にとっては、無謀な計画といえないこともない。



 西丹沢自然教室のHPには、西丹沢の登山道が寸断され、白石沢の橋も流されたという情報が載っていたので、今日まで様子を見ていたのだ。10月6日に西丹沢自然教室に電話をすると、白石沢の木橋は復旧したということだった。ただ、白石峠から沢に降りるまでの登山道がわかりにくくなっているらしく、暗に初めて歩く登山者はやめたほうがよいとのとアドバイスがあった。加入道山の倒木などもあり、歩けないことはないが、経験者であっても、いつもより30分から1時間程度時間が余分にかかるとのこと。
 神之川キャンプ場から大室山までの登山道も不安であるが、こちらはほとんど歩く人がいない道なので、情報はなく、悩んでも仕方が無い。沢沿いではなく、尾根道なので崩落さえなければ大丈夫だろう。

 もう人生の終盤にさしかかり、やり残したことといえば孫の顔を見ることくらいである。多少のリスクはあるが、実行することにしよう。ただし、念のため、今回だけは600円の掛け捨ての保険に入っておいた。死ねば問題ないが、素人が遭難して救助され、中途半端に生きて還って、後からヘリの費用を請求されても困る。保険は前日でもネットで申し込めるので、便利な世の中である。

 登山用地図とGPSに加えて、今日は国土地理院の2万5千分の一地形図の「大室山」と「中川」も用意したが、老眼の身には字が細かくて見にくいのが難点だ。雨具、防寒衣、ライト、各種予備バッテリー、食糧と水も余分に準備する。
荷物が多いので、山用に買った35Lのザックがついにデビューだ。

 天気予報は連休3日間とも晴れまたは曇り、アクシデントがあっても2日間の予備日があれば大丈夫だろう。出発である。



 唯一の朝の月夜野行きのバスに乗るには、橋本駅6時20分発の三ケ木行きのバスに乗らなければならない。4時に起きて始発電車に乗り、5時49分に橋本駅に着く。バスを乗り継ぎ、7時半頃に月夜野に到着した。橋本駅では10人ほどの登山客がいたが、月夜野まで乗ったのは3人だけであった。ここにはトイレがあり助かる。
 月夜野のバス停では写真1のように山梨県側から富士急バスが来ていた。道志村方面に行く人のために、一応県境のこのバス停で連絡しているらしい。


  1 月夜野バス停                   2 両国橋県境から山梨県側をみる
   



 3 両国橋から道志川下流の県境を望む

 月夜野では、この道志川が県境である。両国橋から下流の県境を眺める。正面には、前回道に迷った尾根の末端がみえる。かなりの急斜面で、あそこを下りるのは無理だ。
 両国橋を渡って、国道413号線で神奈川県側に入り、写真5の「神の川入口」というバス停の前を右折して音久和の集落へ向かう。この地名は「おんぐわ」と読むらしい。

  4 両国橋から上流の県境を望む            5 音久和(おんぐわ)集落への道
   

 音久和集落からひときわ目立つ大きな山が見える。多分あれが大室山だろう。そのあまりの高さと大きさのために、相模原や八王子の人たちからは「富士隠し」と言われているらしい。どちらかというと邪魔者扱いである。富士山が見えるということは、やはり日本では特別なことなのである。それにしてもあんなところまで本当に登れるのだろうか。

 6 音久和から大室山を望む


  7 音久和集落                     8 神之川林道へ
   

 静かな音久和集落を抜けて林道に入る。対岸の月夜野集落が郷愁を誘う。

  9 林道から対岸の月夜野集落を望む          10 台風の爪痕を残す沢
   



 遠くに広い河原が見えてきた。神之川キャンプ場だ。

  11 神之川キャンプ場遠望              12 神之川キャンプ場入口
   

 私有地なので、受付の人に目的を告げて、敷地と橋を通らせてもらう。キャンプ場は結構賑わっていた。これから場内の橋を渡るのだが、この橋が流されていないことは事前にキャンプ場に問い合わせて確認済みである。

  13 神之川キャンプ場                14 キャンプ場の橋
   

 橋を渡る前に、時計の高度合わせをする。1週間ほど前に時計が壊れてしまい、どうせならということで、PROTREKというアウトドア用の時計を買ってしまった。今日がその時計のアウトドアでのデビューである。気圧計、温度計、方位磁石、日の出日の入時刻データが付いているゴツイ時計だ。気圧計が付いているということは、天候予測の他に、高度も測れるということである。地図によってここの標高は400m弱だとわかっているので、山に登る前に高度を補正しておくのだ。それにしてもこの時計の操作方法は複雑で、今日は解説書持参である。
 ちなみにGPSでは、標高は383mだった。あとで地形図を良く見直すと、正確な標高は380m−390m程度なので、結果としてGPSは正しかったようだ。

  15 高度合わせ                   16 橋を渡る
   

 橋を渡る。ここは釣り場になっていて、親子で楽しそうに釣りをしている。この橋がなければ尾根にはいけないので、キャンプ場の方に感謝しながら対岸へ....

  17 キャンプ場の橋から上流を望む          18 県境の尾根への登山道入口
   

 赤い標識は折れていたが、登山口はすぐにわかる。



 赤い道標には、ちゃんと鐘撞山・大室山と書いてあり、少し勇気が出た。ちなみに、この県境の尾根の道は昭文社の登山用地図では、破線、すなわち難路ということになっている。国土地理院の地形図では尾根伝いの道は途中から下ってしまい、鐘撞山には通じていない。

  19 折れた道標                   20 尾根への道の倒木 その1
   

 いきなりの倒木の洗礼である。通れないことはないが、いちいち這いつくばって越えなければならないので、数が多いとだんだん体力が消耗してきそうだ。

  21 尾根への道の倒木 その2            22 尾根への道
   

 尾根への道は明瞭で迷うことはない。尾根に出ると傾斜がやや緩んでくる。久々のリアル県境沿いの道である。

  23 県境の尾根に出る                24 県境標識?
   



  25 鐘撞山へ                    26 野生動物の痕跡
   

 道は続いているが、人が通った痕跡はないのに、野生動物の痕跡だけはやたらとたくさんある。こんな事もあろうかと、今回は念のために熊よけの鈴を買っておいたので、チリンチリンと鳴らしながら歩く。

  27 県境の尾根道を塞ぐ倒木             28 県境標識
   

 写真30のように、道が不明瞭な場所もある。

  29 登山道の石垣                  30 尾根の杉林
   

 道は669mのピークを巻きぎみに通過する。地形図ではこのあたりから点線の道が神之川に下っているので、やや不安になるが、とにかく尾根を外さないように注意する。



 写真31の地点では、左の神奈川県側だけが植林地であり、ここが県境であることがよくわかる。

  31 植生が異なる県境                32 鐘撞山山頂
   

 そうこうしながら登って行くと、10時を少し回った頃に鐘撞山山頂に着いた。ここの標高は900mなので、キャンプ場から約500m も登ってきたことになる。しかし、大室山まではまだ700m近く登らなければならない。
 頂上の眺めは良くないし、休日なのに誰もいない。本当に鐘があるので撞いてみたら、思いの外大きな音で響き渡る。この鐘が山の名前の由来だとは考えにくいので、誰かが後からこの鐘をわざわざ付けたことになる。
和田アキ子のファンだったのだろうか。
 ネット上の情報によると、木製の山名由来解説板があったらしいが、現地では見当たらなかった。なんでも、武田勝頼滅亡後に、有力家臣の小山田一族が小田原を目指して落ち延びるとき、姫を守るために、ここに追手の急を告げる鐘を置いたらしい。金の入った瓶を埋めたという伝承もあるので、一獲千金を狙う方は金属探知機を持ち込んで探してみるのもいいかもしれない。これらの言い伝えはここに詳しい。

  33 鐘撞山山頂の標識                34 鐘撞山山頂の高度
   

 さて、今回注目の時計の高度計は、895mを差しており、なかなか正確である。ちなみに測定単位は5mなので、ここでの補正の必要はないが念のため900mに補正した。GPSでは896mでこちらもかなり正確である。

  35 頂上から東を望む                36 山頂の県境標識
   

 県境は、まだまだ尾根沿いに続いている。

  37 鐘撞山山頂から下る               38 立石建設への分岐
   

 事前リサーチによると、鐘撞山から大室山への道は、934m地点で右に曲がるらしいが、ちゃんと道標があり、道に迷う心配はない。大室山まで2時間と書いてある。

  39 934m地点                   40 右へ折れて大室山へ
   



 さて、いくつかの山行情報によると、934m地点から先の登りは半端ではないらしい。最後のなだらかな尾根を歩きながら、覚悟を決める。

  41 急坂直前                    42 大室山への急坂 その1
   

 急坂が始まった。上の地図によると、水平距離300m で200m登っている。確かに半端じゃない。歩くと言うよりよじ登るという感じだ。赤い危険の標識があるが、わざわざ言われなくても誰でもわかる危険な斜面だ。実際の斜度がよく分かるように横から撮ったのが写真44である。

  43 危険標識                    44 大室山への急坂 その2
   

 しかし、これが登山道といえるのだろうか。上から岩が落ちてきそうで恐ろしいが、上には、というよりも回りには全く人がいないのが幸いだ。誰もいないこの斜面を一人でよじ登るのは、精神的につらいものがある。
 大室山は、西丹沢か道志から入るのが普通で、神之川キャンプ場から鐘撞山経由で入るルートは一般的でない。それは、この道の険しさも理由のひとつではないだろうか。

  45 岩に書かれた道標                46 大室山への急坂 その3
   

 それでも、県境標識らしきものはちゃんとある。

  47 県境標識                    48 高度1000m付近
   

 この体力的にも精神的にもつらい状況の中で、唯一励みになるのは高度計である。何しろあっという間に高度がグングン上がるので、それだけはありがたい。高度計は1020mをさしている。今までの県境高度記録である、1019mの茅丸を抜いて、ついに県境の旅は新たな高所未体験ゾーンに突入したのである。

  49 高度を見る                   50 ロープを使って登る
   

 ちぎれそうな古びたトラロープが張ってある。何の保障もないので、全体重をかけるわけにもいかないが、それでもないよりはマシである。いや、ないと登れないかもしれない。

  51 大室山への急坂 その4              52 急坂の途中で東方面の山々を望む
   



 永遠に続くかと思われた苦闘も時間にして35分、標高950mから1150m地点まで、高度で200mほど登って急登は終わる。しかし、かなり体力を消耗しているのに相変わらず登りは続き、なかなか足が前に出ない。

  53 急坂が終わったところにある県境標識       54 字が消えた道標
   

  55 大室山への道標                 56 抜けた県境標識
   

  57 大きな倒木                   58 神之川ヒュッテ方面分岐点
   

 神之川ヒュッテ分岐を過ぎて、漸く登りが緩やかな尾根道になった。と思ったら再び標高1300m地点から1400m地点まで急登である。1400mからは、写真59のように傾斜が少なくなった。

  59 傾斜が緩む                   60 犬越路方面を望む
   

  61 崩壊地を進む                  62 林の中を進む
   

 63 蛭ヶ岳を望む

 木が途切れた左側にみえるのは、山の形と方角から見て丹沢最高峰、標高1,673mの蛭ヶ岳らしい。大室山の標高は1,588mなので、蛭ヶ岳には負けるが、丹沢山(1,567m)や塔ヶ岳(1,491m)よりも高いことになる。



  64 人の足跡                    65 倒木
   

 獣ではなく、明らかな人の足跡を見つけた。少なくともこの数日間内にはここを登った人がいるということである。少し勇気が湧いた。

  66 美しい痩せた尾根                67 高度を見る
   
 高度計は1445mを指している。あと、150mである。もう一息だ。
 あまりの苦しさに数秒置きに時計を見てしまうクセがついてしまったのだが、ある時、ちっとも高度が上がらないのに気がついた。後から分かったことだが、実は、高度測定はバッテリーを食うので、初期設定は2分置きに測定するようになっているのだ。したがって、時々ドンと一気に高度が上がってものすごく嬉しい。この時計を買ってよかったと思うのは、なんといってもこの快感と、あと○○mで頂上だという目安がわかることである。先が見えない中で登り続けるのに比べて、精神面で冷静になれる。PROTREKの大活躍である。

  68 見えてきた山頂                 69 紅葉の始まり
   

  70 尾根南側の崩壊地                71 尾根筋に沿った崩壊地
   

 傾斜がゆるみ、鹿柵が現れた。しかし、緩斜面にもかかわらず、足は鉛のように重く、疲労で頭がぼんやりする。心拍数も下がらない。標高1500mの酸素濃度は平地の83%ということなので、そのせいだろうか。

  72 鹿柵の横を行く                 73 山頂直下
   



  74 大室山山頂 その1               75 山頂標識
   

 12時40分、ついに標高1588mの大室山の山頂に到着した。後でGPSの記録を見るとちょうど1600mになっていたが、疲労のために、現地で高度計の数字を見るのは忘れてしまった。
 どちらにしても、ついに県境の最高高度記録を大幅に更新である。というよりも、地図上でみた限りでは、ここが神奈川県境の最高地点のはずだ。ここまで良く無事に登ってきたものである。

 山頂は展望はなく静かだ。山梨県側の柱には山梨百名山の名が刻まれている。神奈川県側の道標の横では、青いザックの先客が一人いて、立って何かを食べている。丹沢の最奥部の山だけあって、登ってくる人もストイックだ。こちらは疲労困憊して、座りこんでジュースと魚肉ソーセージを胃に流しこむ。
 天候は薄曇り、気温は登りはTシャツ一枚で丁度良く、止まると冷えて寒い、といった感じである。

  76 大室山山頂 その2               77 山頂そして県境の三角点
   



 山頂で10分ほど休憩している間に、今後の行動を考える。体は、このまま犬越路経由で西丹沢におりろ、と訴えている。これ以上行くと疲労で加入道山の登りや下山ができなくなるおそれがある。しかし、一方で、心の中ではそれを許さない事情があった。ここで下ると、距離が伸びないこともあるが、なんといっても次回またこの大室山へ登らなくてはならないのである。そうすると、次回の目的地は今日と同じ白石峠になってしまう。
 休憩してなんとなく歩けそうな気がしたので、ここは、体に犠牲になってもらうことにした。

 78 大室山山頂から下って加入道山方面へ

 深山の雰囲気漂う県境のブナの林だ。

  79 美しい尾根                   80 犬越路方面分岐のベンチ
   

 少し降りていくと、犬越路への分岐である。ここにはベンチがあり、頂上より明るい雰囲気なので、2組のグループがお弁当を食べてくつろいでいた。
 この場所にはもうひとつ意味がある。それは、神奈川県側の行政区域が相模原市から山北町に変わるということである。それにしても、相模原市分の県境は長かった。境川で大和市から相模原市に入ったのが19日目、なんと相模原市境を通過するのに8日間もかかったことになる。もちろん、津久井3町の合併が大きい。
 さて、ここで岐路の最終決断をしなければならないが、先ほどの結論どおりこの先に行くことにする。

  81 犬越路方面分岐                 82 正面に加入道山
   

  83 西丹沢方面を望む
  正面にこれから行く加入道山が見える。 

 84 木道


 バイケイソウ等植生保護のため、登山道は木道になっている。神奈川県側の看板が目立つ。

  85 植生保護の注意看板               86 紫の花の植物
   

 紫の花は、トリカブトの一種らしい。毒草ばかりであるが、これも鹿に食べられないためかもしれない。

  87 階段の下り
     

 階段で、下りでも足が動かないことに気がついた。



 88 前方の加入道山方面を望む


 写真88では、加入道山の左の奥に大きな山が見える。御正体山だろうか。

  89 加入道山方面へ下る               90 破風口を見下ろす
   

 下りきった鞍部が破風口である。名前のとおり、本当に強い風が吹いているのには驚いた。神奈川県側から山梨県側への風だ。破風口の道標も神奈川県が立てている。丹沢ではどうしても山梨県の影が薄いようだ。

  91 破風口                     92 加入道山への県境尾根道 その1
   

 再び登りになる。しかし、体がどうにも重い。心拍数も上がりっぱなしである。昼にあまり食べなかったので、エネルギー不足かと考え、菓子パンを食べた。

  93 県境標識                    94 加入道山への県境尾根道 その2
   

  95 山のマッシュルーム               96 前大室
   



  97 加入道避難小屋道標               98 加入道避難小屋外観
   

 加入道避難小屋に着いた。建物は新しくないが、中を覗いてみるときれいで布団まである。もう下山する体力、気力が残っていないので、ここに泊まろうかと考える。食糧はクラッカーと魚肉ソーセージ、非常食のコンデンスミルクチューブと水の予備もあと700mlほど残っている。一晩休めば、体力も回復し、先にすすめるかもしれない。携帯電話も通じるようだ。
 それに、白石峠からの下山道が不明瞭になっているという情報が気にかかっていた。現在の時刻は14時ちょうど、西丹沢自然教室まで登山地図の標準タイムで2時間、道の状況を考えると3時間はみておかなければならないので、到着は17時、つまり日没直前である。これは、道に迷えば、帰れなくなってしまうことを意味している。夜に荒れた沢筋をたどるのは無理だし、そもそも川を渡れないだろう。こう考えながらも、一応山頂をみておくことにした。

  99 加入道避難小屋内部 その1           100 加入道避難小屋内部 その2
   

 標高1418mの山頂は避難小屋のすぐ上にあった。

  101 加入道山山頂標識 その1           102 加入道山山頂標識 その2
   

 運が悪いことに、そこには2人の登山者がおり、まさに下山しようとしていた。気持ちが揺らぐ。その内の一人に話しかけると、白石峠から下りるという。この人達の後を追えば帰れるはずである。山頂で一人取り残されるのも寂しすぎる。1秒ほど考えて、後を追うことにした。


  103 道志村からの登山道合流地点          104 切断された倒木
   

 西丹沢自然教室の人が話していた登山道を塞ぐ倒木は、ありがたい事に切断されていた。



  105 県境標識                   106 白石峠
   

 白石峠についた。それにしても先行する二人の足は速く、あっという間に見えなくなった。いや、自分の速度が遅すぎるのだろう。二人に見放されて、体力を考えずに後を追ったことを少し後悔する。彼らにしても、もうタイムリミットに近い時間であることはよくわかっているのである。

  107 白石峠道標                  108 下山道注意看板
   

 108の注意書きには笑ってしまった。ここで雨が降っていたらどうしろというのだろうか。下山できないではないか。まあ、その時のための避難小屋かもしれないが....

  

 本日の県境の旅の目的地である白石峠に無事着いたが、ここから下山する道のりのほうが大変である。

  109 用木沢出合への下山道 その1         110 用木沢出合への下山道 その2
   

 峠のすぐ下は写真109のように比較的登山道がしっかりしており、ひと安心していたら、写真110あたりから怪しくなってきた。道は完全に崩壊し、道標だけが立っている。白石沢の由来となった大理石の鎖場まである。動かない足にはこの状況は辛い。

  111 道標                     112 鎖場
   



 気ばかり焦るが、ペースは極端に落ちてしまった。疲労で何度も石に躓きそうになる。転んで怪我をしたら、即、遭難なので、体力はないが最後の気力だけは振り絞る。
 ここで、西丹沢自然教室の人の電話での言葉を思い出した。それとなく、行かないほうが良い、と言いながらも、「アドベンチャーならいいんですが...」と確かに言っていた。元気な時ならそうかもしれないが、もはやアドベンチャーではなく、完全にデンジャーの領域である。シャレにならない。
 悪いことに、深くえぐれた暗い涸れ沢が登山道になっているようだ。これでは台風の豪雨ではひとたまりもないだろう。そもそも登山道かどうかもわからないため、ところどころにある赤いテープだけが頼りである。暗くなったらおしまいだ。
 無事に帰れたとしても、これでは次回の出発地点白石峠までのアプローチが思いやられる。

  113 崩壊した下山道                114 木橋
   

  115 渡渉地点 その1               116 東海自然歩道道標
   

 まだ用木沢出合まで、2.8kmもある。何としても暗くなる前には沢を抜けて、用木沢出合までたどり着かなければならない。それにしても、東海自然歩道という名前には腹が立つ。たしかに「自然」は沢山あるが、これではもはや「歩道」とは言えないだろう、などと八つ当たりするが、この標識がないと確実に迷いそうだ。

  117 小さな滝                   118 白石滝
   

  119 ザレノ沢へ                   120 ザレノ沢を渡る木橋 その1
   

 とにかく、転ばないように、沢に落ちないようにということだけに集中して歩き続ける。何としても生還しなければならない。そのうちに急坂は終わって、沢筋の少し平坦な道に出た。少し気が楽になる。

  121 白石沢を渡る木橋 その2           122 渡渉地点 その2
   

 木橋はみんな新しい。

  123 整備された登山道               124 舗装された登山道
   

 15時40分を過ぎて、やっと舗装された林道に出た。ここで、やっと遭難しなくてすんだことを確信する。しかし、足は動かない。膝が壊れた時は、ダブルストックにするとよい、とどこかに書いてあったことを思い出した。木の枝を2本拾って歩くと少し楽になった。



  125 林道ゲート                  126 キャンプ場跡地?
   

  127 用木沢出合
     

 犬越路からの道が合流する用木沢出合に到着した。

 128 用木沢出合の東海自然歩道案内板


 キャンプ場は混雑していた。太ったおじさんが携帯で話しながら歩いている。「頼みたいことがあるんだ。○○がまだ降りてこないんだよ。檜洞から。俺もサンダル履きだから帰れないし。だから頼むよ....」
 この時間にまだ山から降りてこないのはかなり心配である。日没まであと30分しかない。それにしても、このおじさん、いくらオートキャンプとはいえ、サンダル履きで来るとは、アウトドアを舐め過ぎである。

  129 オートキャンプ場               130 西丹沢自然教室
   

 16時24分に西丹沢自然教室に到着した。



 目の前に停まっている16時25分発のバスに乗り込む。測ったようにバスの時刻に間に合った。偶然だが、最近、3回続けて帰りのバス便に恵まれている。
 しかし、いいことばかりではない。谷峨駅で降りると、次の御殿場線上りは1時間待ちであった。まあ、この山あいの小さな駅で缶コーヒーを飲みながら電車を待つのも良いだろう。今日中に帰れれば問題ない。

  131 西丹沢自然教室前のバス            132 夜の谷峨駅
   

  133 御殿場線上り電車
  電車のシルバーシートに座る。

 GPSによる今日の歩行経路


 GPSによる今日の歩行経路 (Google earth 3D)


 GPSによる今日の高度・速度記録


 今日の高度記録はダイナミックである。両国橋から大室山までの高低差は1200m以上、これは大山を平地から登るのに相当する。累積高度は1728m、疲れるはずであるが、県境最高所を記録した記念すべき日でもある。
 緑の速度記録をみると鐘撞山から大室山山頂にかけては、険しい登りのため、速度が約1km/hと極端に遅くなっていることもわかる。総行動時間は8時間30分であるが、停止時間が3時間もある。実際の休憩時間は僅かなので、これも急坂で停滞時間が長かったせいだと思われる。

 今日は、これまでの県境の旅の中でも最大の難関、過酷な試練だったといってよいだろう。しかし、苦労した分、成果も大きかった。無事に帰還でき、足跡も白石峠まで延ばすことができたので、結果としては大満足である。帰りのバスの中で、やり遂げたという充実感と無事帰れたという安心感に包まれた至福の時であった。

 今回は完全に山登りになってしまったが、登山家のように、そこに山があるから頂上をめざして登るのではない。県境がたまたま山だったというだけなのである。県境がどんな所であっても、そこに道がある限り歩いて辿るのが、県境探検家(だから、いつからそんな肩書きが??)の使命である。そこをきちんと押さえておかないと、ただの中年男の山登りになってしまうのだ。
 その割には、疲れたとわがままを言ったり、山用の道具をいろいろと買い込んで楽しんだりしているではないか、という批判もあるかもしれない。もし、そう見えたなら
、すべて私の不徳の致すところである。

 さて、妄想はこれくらいにして、冷静に振り返ってみよう。今日は、大室山という、ゲームで言えばラスボスクラス、ゴルフで言えばタイガー・ウッズクラス、芸人で言えば紳助無き後のたけし、さんまクラスの大物を征服したわけだが、まだまだ丹沢の県境の山を甘く見てはいけない。この先は、アプローチが恐ろしく不便な辺境の長い尾根を、静岡県を目指して歩いていくことになる。予期せぬ次の試練が待っているに違いない。


 
(本日の歩数:33897歩)
NEXT 第27日目(2011年10月29日) 白石峠 〜 ブナ沢乗越    

PREV 第25日目(2011年9月12日) 奥牧野 〜 月夜野
   ご意見・感想はこちらまで