谷川岳  標高1977m 登山開始地点標高1319m    

  自分の足で登らない高山シリーズ第4弾   ロープウェイで気軽に登れる死者続出の魔の山
 
◆ 2012年9月1日

  天神平にスキー場があるので谷川岳にロープウェイがあるのは知っていた。しかし、このロープウェイを使えば谷川岳に簡単に登れることは最近知った。
 谷川岳と言えば、我々のような年配者には近寄りがたいイメージである。もし、私が高校生で、谷川岳に行くといったら、親は絶対に許さないだろう、という認識のある危険な山である。記録が採られるようになってからの遭難者は781名、ダントツの世界一だそうだ。ヒマラヤよりも危険な山、まさに魔の山である。なんと、わざわざ谷川岳遭難防止条例ができているらしい。危険度では特別扱いである。
 そんな谷川岳も、ロープウェイを使えば子供でも登れるというのだから、よくわからない山である。別の意味で涼しい思いができるかもしれないので、行ってみよう。



 一泊するものと思っていた行程であるが、調べたら日帰りでも可能なことがわかった。朝早い新幹線で上毛高原まで行き、バスでロープウェイの駅まで行けば9時ころには乗れそうである。
 というわけで、東京駅6時32分発の「たにがわ401号」に乗り込む。列者名にまでなっているとは、さすがに谷川岳だけのことはある。恥ずかしながら、上毛高原と本庄早稲田の2つの駅の存在は、今回はじめて知った。いつもは通過してしまう駅である。この列車の行き先は新潟ではなく越後湯沢である。上越新幹線各駅停車の位置づけらしい。平日は群馬県へのビジネス客、休日はスキーや登山客のための列車なのだろう。

  1 谷川岳ベースプラザ                2 谷川岳ロープウェイ土合口駅
   

 上毛高原駅から乗ったバスは混んでいた。水上駅で1台増発し、乗客を分乗させている。バスは9時前に谷川岳ロープウェイ土合口駅に着く。登山客で混みあうここの標高はまだ746mである。ゴンドラはどんどん来るので輸送力は十分である。さすがはスキー場だ。

  3 天神平へ                     4 天神平駅
   

 標高1319mの天神平駅へ到着する。若い頃にスキーに来たはずだが、あまり記憶に残っていない。もちろん、その頃は谷川岳などなんの興味もない。私の世代は、学生運動や山登りブームの主役の団塊の世代よりも下の、バブルの時代に20代を過ごした「私をスキーに連れてって」に象徴される遊び人世代である。
 さて、ここから更にリフトに乗ってもよいが、地図によると結局同じ所に出るようなので、西へ続く登山道へと向かう。出発は9時15分だ。



 谷川岳山頂の標高は1977m。ここからの標高差は650m以上あるので、ロープウェイを降りてからハイヒールで気軽にという訳にはいかないようだ。

  5 天神平                      6 登山道から天神平駅を振り返る
   

  7 田尻尾根分岐へ                  8 田尻尾根分岐
   

 なだらかな道が続く。木道で歩きやすい。登山者が非常に多いこのルートは天神尾根と呼ばれていて、谷川岳に登れる唯一の初心者向けコースとあって人気が高いようだ。

  9 朝日岳方面を望む                 10 天神峠分岐へ
   



  11 天神峠分岐                   12 熊穴澤避難小屋へ その1
   

 リフトの終点である天神峠からの道が上から合流した。さらに行くと、鎖場があったが、鎖が必要だとは思えない場所である。ただ、谷側が一部崩壊しているので、踏み外すと奈落の底だということだろう。

  13 木々の間から見る谷川岳             14 熊穴澤避難小屋へ その2
   

 茶色に塗られた避難小屋に着いた。標高は1465mである。

  15 熊穴澤避難小屋                 16 熊穴澤避難小屋内部
   

 小屋の中は、写真15で暑苦しいものが写っているが、実際にも暑くて、殆どの人は外で休憩していた。

  17 天狗の溜まり場へ その1            18 登山道右手の展望
   



 避難小屋から先は、ロープや鎖があるちょっとした岩場がある。斜度があるので、途中で休んでいる人がかなりいる。お先にどうぞといってくれるのはよいが、狭い岩場で止まられると邪魔というか危険なのである。困ったものだ。ただ、息が上がるので進みたくても進めないのかもしれない。初心者コースとなっているので、まあしかたがないだろう。
 かなり岩場が多いので、近所のハイキングコースの感覚でくると驚くかもしれない。とはいっても私でも登れるくらいなので特別な技術は必要ない。

  19 天狗の溜まり場へ その2            20 天狗の溜まり場へ その3
   

  21 登山道左手の展望                22 登ってきた道を見下ろす
   

  23 天狗の溜まり場へ その4
      

 森林限界を超えたようで眺めが最高だ。



 24 爼ー方面へ続く尾根


 登山道から仰ぎ見る近隣の山々も険しさを増してきた。左に伸びる尾根は爼ー(まないたぐら)というらしいが、元々はこの山を谷川岳といっていたらしい。地図を作るときに間違えたという逸話がある。この尾根はなかなか立派であるが、地図には道がない。
 雲が多いのは気になるが、笹原の中を登山者が続く光景は、よくある観光案内の写真そのままである。正面にある丸い山が谷川岳なんだろうが、頂上は見えないようだ。

  25 天狗の溜まり場へ その5            26 山頂を仰ぐ
   

  27 天狗の溜まり場
      

 10時30分、天狗の溜まり場という岩場に到着した。

 28 天狗の溜まり場から右手を望む

  29 天狗の溜まり場標識               30 天狗の溜まり場の修行の札
   

 避難小屋に続き、2度めの休憩である。ここの標高は1550mから1600m程度だろう。天神平が標高1319mなので、200m以上登ったことになる。頂上まであと400mである。それにしても、谷川岳は本州の山にしては、非常に森林限界が低いようだ。

 31 天狗の溜まり場から山頂を望む


 休憩していると、一瞬だが雲が切れた。空は抜けるように青く、谷川岳の山肌はやさしく柔らかな草原となって登山者を誘っている。とても、多くの人命を奪った魔の山とは思えない景色である。



  32 左手の尾根を望む                33 肩の小屋へ その1
   

  34 天神ザンゲ岩                  35 肩の小屋へ その2
   

 天神ザンゲ岩という大きな岩をすぎると、階段になった。ただ、階段の中は大きな石が詰められているだけでかなり歩きにくい。このあたりになると、かなり疲労している人が多く、頂上まで行けなくても仕方がないね、というような会話が聞こえるようになる。頂上が直接見えないのも心理的に辛いのかもしれない。
 今、標高1800m、あと200mも無いですよ、と声をかけてあげたいが、まあ、それも余計なお世話だと思い、心のなかで声援を送る。お先にどうぞと、道を空けられるのも結構辛い。外からは余裕に見えるかもしれないが、こっちだって結構苦しいのである。写真を撮るふりをして人知れず休んだりしているのだ。ところで、疲れると頭と体の働きも悪くなるので、写真を撮るのが面倒になる。しかし、そんな時こそ、立ち止まって写真を撮るようにしている。休憩の代わりになって丁度良い。同じ写真は2度と撮れないし、後で後悔するのも嫌である。デジカメなので、たくさん撮って捨てればいいのである。



 階段を登り切ると、肩の小屋の建物が見えて、嬉しくなる。11時16分、標高は1910mなので、頂上直下といっても良いだろう。ほとんどすべての人がここで休憩している。なかには、お湯をわかしている人もいて賑やかである。

  36 肩の小屋                    37 肩の小屋から東に続く尾根
   

 小屋はまだ新しい感じである。トイレは100円の寄付で、もちろんくみ取り式である。小屋の裏手の10mほど離れたところに2つあるが、なんと冬のホワイトアウトでトイレから小屋に戻れず遭難した人がいるらしい。恐るべき冬の谷川岳である。

  38 肩の小屋入口                  39 トマの耳へ その1
   

 トイレ休憩後、いよいよ頂上アタックである。谷川岳は、有名な2つのピークがあり、手前がトマノ耳、奥がオキノ耳である。トマノ耳への道は、写真39のように、険しい谷川岳とは思えないなだらかでのんびりした道である。沖縄のさとうきび畑だといっても違和感がないほどである。残念ながら、このシリーズ恒例となってしまった頂上付近の雲、ガスがここでも現れたが、空模様とは裏腹に、なだらかな道と頂上が近いという心理的な要因によって心は軽い。ただ、肉体的な疲労があるので足取りは軽いというわけでもない。軽いのは、あくまで体ではなく、心である。

  40 笹尾尾根分岐                  41 トマノ耳へ その2
   

 人がたくさんいる。あそこがトマノ耳だろうか。なんだか平凡な高みである。



  42 トマの耳から万太郎谷を望む           43 トマノ耳山頂
   

 11時35分、標高1963mのトマノ耳に到着した。
  44 高度計表示                         
  

 天神平で補正した高度計の誤差は約30mである。

 45 トマノ耳からオキノ耳を望む


 トマノ耳から東側の谷は切れ落ちており、北のオキノ耳への尾根も険しい。谷川岳がやっとその本性を現したという感じである。残念ながら、ガスのため、展望は限定的である。
 トマノ耳山頂は、記念写真を撮る人が次から次へと来るし、狭くて落ち着かないので、オキノ耳へ向かう。

 46 マチガ沢に落ちる岩壁

 47 万太郎沢と苗場山方面を望む


  48 落ちそうな岩                  49 一瞬の晴れ間
   



 天候のせいもあるのかもしれないが、切り立った崖に沿って続く尾根は、恐怖感というのではないが、なんだか不安になるような登山道である。強風が吹いたら嫌だなという感じだ。結構人が歩いているのでいいが、だれもいなかったらちょっと勇気が必要かもしれない。なにより、オキノ耳の切り立った岩の姿は心理的圧迫感があってヤバイ。

  50 オキノ耳へ                   51 トマノ耳を振り返る
   

 11時57分、1977mのオキノ耳に立った。トマノ耳よりも14m高い。

  52 オキノ耳山頂                  53 オキノ耳から北に続く尾根
   

 山頂は混んでいるので、先に進み、写真53の狭い尾根で休憩する。おにぎりを食べながら、足元の一ノ倉沢を覗くが、岩場が断崖で、よく見えない。見えるのは下の川と道だけである。昔、下から一ノ倉沢を見上げたことがあったが、それは恐ろしい光景であったことを思い出した。この下に隠れている魔の岩場が、昭和の時代に何百人もの若者の血を吸ってきた、谷川岳の別の姿である。
 休憩した場所は幅1mほどの尾根で、後ろから押されたら一ノ倉沢にダイブしてしまうので、落ち着いて休憩できない。天気もいまいちなので、おにぎり2個と唐揚げを食べ終わるとすぐに下山することにした。あとから考えると、一ノ倉沢に眠るたくさんの前途ある若者の霊が私の心を不安にさせたとしか思えない。心理学的には、すり込みというのだろうか、「谷川岳は恐ろしい山」という意識が頭からはなれなかったのかもしれない。
 みなさん、写真55のようなところでよく寛げるものである。

  54 一ノ倉沢を望む                 55 岩場で休む登山者
   

  56 気温計                     57 霧
   

 気温は低くないが、霧が出てきた。たまたま先行して人が歩いていないので、トマノ耳への方向がこちらで良いのか不安になる。間違いようのない道のはずだが、周囲が見えない状況というのは、こんなにも人を不安にさせるものなのか。
 谷川岳での死者が多い理由として、危険な岩壁は当然として、天候の急変が多いことと、世界でも有数の冬の積雪が挙げられている。ジェット気流に伴う日本海からの季節風が日本列島の脊梁にぶつかるのがまさにここなのである。
 前回の北八ヶ岳の森林限界は標高2500mであったが、ここ谷川岳では、標高1500mであるのがその証拠である。

 トマノ耳の人の声が聞こえたときはちょっとホッとした。肩の小屋を経て下山するが、やはり人が多い。同じようなスケジュールで登っているので、まあ当然である。お年寄りに加えて、子供も多く、下山中の岩場には苦労している。

  58 下山中の鎖場 その1              59 下山中の鎖場 その2
   

 写真59の急坂の途中で、赤い血だまりを発見した。明らかに人の血である。誰かが怪我をしたのだろうかと思って下って行くと、初老の男性が座り込んでいた。首に巻いた白いタオルが血に染まっている。近づくと、本人が携帯電話で救助要請をしているのが聞こえた。周りの人が見守っていて、私にできることはもう無さそうである。状況から見て頭を切ったのかと思ったが、本人の救助要請によると足首を怪我していて、動けないらしい。
 事故のほとんどは下山中に起きるというが、疲労した体であの岩の坂を下るので、それなりの体力がないと事故につながるということなのだろう。

  60 熊穴澤避難小屋                 61 山岳救助隊員
   

 避難小屋を過ぎたところで、腕に腕章をつけた若者二人とすれ違った。写真61の後ろ姿の救助隊である。「ごくろうさまです」と声をかけたら返事をしてくれた。若者二人であるが、派手な制服を着ているわけではないので、誰も気づかないようだ。軽装で二人だけなのに、あの人を天神平までどうやって下ろすのだろう。怪我人が救助要請をしていたのが13時30分頃、現在時刻が14時20分なので、経過時間から見て彼らは下からロープウェイ経由で登ってきたらしい。

 さらに下ると、天神平駅が見えた。なんとか無事帰れたようだ。

  62 天神平駅へ                   63 天神平からの眺望
   

 一般観光客も多く、天神平駅は混んでいた。

  64 天神平駅                    65 上毛高原駅
   

 帰りも全く同じルートで、上毛高原駅から16時22分発、2階建てMAXたにがわの車中の人になって東京駅に向かう。

 GPSによる本日の歩行経路


 GPSによる今日の高度記録


 谷川岳は、ロープウェイを使えばだれでも簡単に登れる、というのは、やや言い過ぎで、やはりそれなりの登山にはなるが、天候に恵まれれば私のような初心者でも登れることは確かである。その標高に比して高度感はさすがである。頂上は霧が出ていたが、他の高山にも劣らないその素晴らしい荒々しい景観が、ロープウェイのおかげて気軽に楽しめるというのはありがたいことである。標高が2000m以下なので、今回は空気が薄くて苦しいという問題は全くなかった。
 それにしても、高速道路や新幹線を使えば、東京から日帰りで谷川岳に登れてしまうというのは、考えてみればすごいことだ。
 「自分の足で登らない山シリーズ」の第4弾は、ちょっとタイトルから外れてしまったので、「自分の足で少しは登る山シリーズ」とすべきかもしれない。

(本日の歩数:17736歩)           
     ご意見・ご感想はこちらまで