海岸線をどこまでも西へ
伊豆半島の旅もいよいよ南伊豆から西海岸へ
◆第11日目 (2015年5月2日) 入間海岸 〜 妻良
前回は2014年5月24日に入間まで達した「海岸線をどこまでも西へ」シリーズであるが、時間が開いてしまったのは、地元のバス運転手さんのアドバイスで、雑草により閉ざされてしまう夏はさけて、寒くなるのを待っていたせいである。
もう一つの理由は、入間海岸までの公共交通機関である。下田からのバス直行便はなく、乗り継いでも午前中に着くことはできない。南伊豆は、まさに辺境の地である。
前日に入間に泊まるしかない。なんとか日帰りでと色々シュミレーションをしてみたが、結局バスの利用は諦めることにした。結論は、早朝に出発して車で入間海岸まで行き、帰りはタクシーで入間まで帰ってくる方法をとることにした。
現在地
やっと時間が作れた2014年12月30日、入間に着いて車を停めると、車体が揺れている。地震かと思ったがそうではない。強風で車が揺れているのだ。季節風だ。冬の南伊豆は風が強いが、特にここ入間は山に囲まれているため強風で有名らしい。実際、台風並みのものすごい風である。体感温度も低い。撤退である。
当日の天気図をみても冬型の気圧配置で、北日本は大荒れ、等圧線の間隔が狭く強風であることがわかる。
風ごときで?、と言われるかもしれない。しかし、前回経験しているのである。南伊豆歩道というソフトな名前と裏腹に、風を避けることも出来ない恐ろしき断崖絶壁の道が続くことを。
そして4ヶ月後の5月2日、だいぶ時間が経ってしまったが、リベンジである。朝早く家を出て、車でここまで来たが、今日は風もなく穏やかなゴールデンウィークの一日だ。これなら崖から落ちることもなさそうである。
1 入間海岸
相変わらず人がいない。車はそこそこ停まっているので、その人達はもう釣りに出かけているのだろう。
2 入間漁港と船宿
3 南伊豆歩道案内図
案内図を確認する。今日は妻良まで行きたいが、途中に吉田という集落を挟んで、前半と後半に分けられそうだ。標準コースタイムは、入間−吉田間が90分、吉田−妻良間が110分、合計で3時間20分である。
4 南伊豆歩道コースタイム
港の外れにある南伊豆歩道の入口に向かう。出発は9時25分だが、いきなり道が見えない。日当たりが良い場所は、雑草に覆われてしまうのは想定内だが、やはり一抹の不安が拭えない。
南伊豆歩道は、英語ではMinamiizu Trail である。いや、私がかっこよく言っているわけではなくて、案内板にそう書いてあるのだが、ここまでの感じでは、とても「歩道」という感じではない。が、環境省は、とんでもない登山道にまで「東海自然歩道」という名前をつけているくらいなので、侮ってはいけないのである。トレイルであれば、まあこの険しさも納得できるような気もするが。
5 歩道入口へ 6 歩道入口
林間に入ると道が明瞭になるので、一安心である。
7 千畳敷分岐へ その1 8 千畳敷分岐へ その2
断崖から海を見下ろすと、千畳敷と呼ばれる岩場の先端がよく見えた。
9 千畳敷海岸
10 東を望む
道は海岸を離れて林道に合流する。
11 林道に合流 12 林道 その1
ここからしばらくは林道歩きだが、伊豆らしい明るい景色に心がなごむ。
13 林道 その2
14 林道 その3
林道の終点が、千畳敷への道と南伊豆歩道の分岐点だが、千畳敷の方へ降りていく人がいた。千畳敷へ行くかどうか迷ったが、今日はかなりハードな行程が予想されるので、とりあえず先を急ぐことに。
15 千畳敷分岐 その1 16 千畳敷分岐 その2
そして、案内板の「吉田」と書いてある方向に行こうとするが、写真17のとおり、雑草に覆われて道がない。この大きな葉っぱの雑草、これはこの伊豆半島で日当たりの良い場所にやたらと幅を利かせているのだが、後にこの植物エイリアンのおかげで命を危険にさらされることになるとは、この時はまだ気づいていない。
少し離れた場所に道があったので、踏み込んでみる。
17 千畳敷分岐 その3 18 歩道へ復帰
一応コンパスで確認するが、方向的には合っているようだ。ここで道を間違えると、この先の行程と踏破するモチベーションの維持に大きな影響を与えかねないので慎重になる。少し進んでから、携帯を取り出して、GPSで現在位置を確認する。
19 木橋 20 現在位置の確認
オッケーである。前進だ。
この伊豆のジャングルには
プレデター
はいないが、それに匹敵する生物兵器は、いくつか存在する。それは、イノシシとヘビとスズメバチである。たぶん熊はいないと思う。後で調べてみたが、伊豆半島のツキノワグマは昭和初期に絶滅したそうである。ブレデターよりも恐ろしい捕食者である猟師によって天城山系に追い詰められてしまったのだろう。丹沢から足柄・箱根を通って移動してくる可能性はあるが、開発が進み山頂まで道路ができているので、ちょっと無理だろう。
えーと、話がそれたが、そう、危険な生物の話であるが、最大の脅威はイノシシである。伊豆から箱根にかけてはイノシシが非常に多いことは、いままでの経験からいやというほど思い知らされてきたが、幸い、まだ実物には遭遇していない。しかし、念のため今日はストックを持ってきた。まあ、アルミの棒でもないよりはマシだろう。
写真21のとおり、道が畑のように掘り返されている。ヤツの仕業である。
21 イノシシの仕業
22 歩道から見える伊豆の山と海 その1
伊豆半島の山を歩いていて素晴らしいことは、箱根や丹沢と異なり、杉や檜の人工林が少ないことである。気候のせいか道路のせいか分からないが、温暖な地域の植生は独特の魅力がある。
23 歩道から見える伊豆の山と海 その2
24 木のベンチ
25 吉田海岸方面を望む
絶景である。当然左側は絶壁なので木の柵が設置してある。地形図によると、標高はここで150mくらいだ。
26 目印? 27 富戸ノ浜へ その1
28 富戸ノ浜を見下ろす
海から一つ尾根を超えた谷に入り、その先には海岸が見えた。道標はあるが、道はよくわからず、イノシシの獣道に迷い込んだりと、苦労する。
29 斜面を下る
この海岸へ降りて行く急坂は思いがけない難所だった。
30 尾根上の道
尾根の左は海、右は崖である。海側に落ちないようにロープが張ってあり、かろうじて道がわかるのだが、写真31の地点でついに道が無くなってしまった。例の大きな葉っぱである。足元が見えないので、前に進めない。
31 道が消失
進退窮まって振り返ると、今きた道は断崖絶壁の急登で戻ろうという気力もわかない。右側の谷にも明瞭な道がないので、しかたなく直進するが、その先が切れ落ちていないことを祈るだけである。後で冷静になれば、GPSの地図を確認すればよかったと思うが、この高度感の中で道を失ったかと思うと、精神的な余裕がなかったのだろう。
32 断崖を振り返る
雑草の先にロープを見つけてホッとした。道は直進していたのである。
33 ロープを発見
尾根を直進し、写真34の地点で尾根は切れ落ちて、道が右に折れ曲がる。もし4ヶ月前に来ていたら、風で危険だったに違いない。
34 断崖上の道
35 不明瞭な道
36 富戸ノ浜を見下ろす
やっと海岸に降りてきたが、相変わらず足元が見えないので、転ばないようにゆっくりと降りて行く。
37 雑草に覆われた道 38 雑草に覆われた案内板
10時48分、やっとの思いで富戸ノ浜に到着する。精神的に疲れた。
39 富戸ノ浜 その1
この海岸には海産物を採っている人と数人の釣り人がいたが、陸路はこの道しかなく、船でここまで来ているようだ。全くの手付かずの自然海岸である。
40 富戸ノ浜 その2
何故か片方のトレッキングシューズが打ち捨てられていた。この人はどうやって帰ったのだろうか。弁当の容器に石が入っているのは子供の磯遊びの名残だろうか。
41 トレッキングシューズ 42 石のお弁当
43 富戸ノ浜 その3
44 富戸ノ浜から北を望む
45 動物の糞
野生動物の天下であり、流木がある岩場には谷からは滝が流れ込んでいて、秘境感が半端ない。先ほどの尾根で精神的にダメージを受けたので、この孤独感はあまり嬉しくないが、これまでの伊豆海岸の旅でも指折りの秘境であることは間違いない。
46 富戸ノ浜に流れ込む滝
どちらにしても、山道を越えなくてはこの海岸から外へ出ることはできないので、反対側の谷から見上げると、標識があった。が、道はない。この岩を登っていくらしいが、嫌な予感がする。
47 富戸ノ浜から南伊豆歩道へ復帰 48 案内板
49 斜面を登る 50 不明瞭な道
またしても雑草のお陰で難儀である。地元の自治体はなぜ放置しておくのだろうか。おそらく、予算がないか、伊豆の高温多湿な気候では刈ってもすぐに元通りになってしまうので諦めているのかもしれない。
このワイルド過ぎるルート上では、さっきからデカイハチが飛んでいるのでビクビクしながら歩く。走りたいが、そんな快適な道はない。こんなところで、スズメバチに刺されても、誰も助けてくれない。
51 林間の歩道
52 吉田海岸を望む
遠くに吉田海岸の入江が見えた。ぽつんとログハウスが建っているのがなかなか絵になっている。
53 急斜面を登る
しかし、その前に目の前の急斜面を登らなくてはならない。木製の手すりがジグザグに付いている。が、こういう急斜面の登りは見た目ほど辛くないので、頂上から振り返る余裕があった。
54 南を振り返る
55 吉田海岸を望む
吉田まではまだ山を越えなければならない。が、ここで今日はじめて3人の家族連れとすれ違った。ここまでの道はどうだったか聞いてみると、特に問題もなく大丈夫らしい。この先の尾根で道がわかりにくくなっているので注意した方がいいですと言っておいたが、大丈夫だっただろうか。
56 断崖を覗きこむ 57 吉田へ
58 雑草に覆われた道 59 林間を吉田へ
海岸から少し陸側に入ってから降りて行くと、吉田海岸に到着した。11時50分だ。やはり意外と時間がかかっている。
60 吉田海岸の真上へ 61 吉田海岸に到着
62 吉田海岸 その1
美しい海岸であるが、数年前にコンクリートの防波堤が出来てしまったそうだ。それまでは自然の素晴らしい海岸が広がっていたらしい。地元の要望ではなく、津波が来ても役に立たないようなものであるが、農林水産省の補助金が余ったので作られたそうだ。
63 吉田海岸から今越えてきた山を振り返る
64 吉田海岸 その2
海岸にはログハウスと公衆トイレがあるだけで、集落は少し内陸側にあるようだ。車が数台停まっている。トイレで水を補給しようとしたら、ここの水は飲めませんと書いてあるので諦めた。
65 吉田海岸 その3 66 吉田の集落へ
67 白鳥神社
葦が生い茂る原始的な海岸の中に古そうな神社がぽつんと鎮座している。白鳥神社というらしいが、その前に生えている大木が有名らしい。確かに異様な形をしている。
68 ビャクシンの大木 69 車道と合流
70 南伊豆歩道案内板
71 南伊豆歩道コースタイム
しばらく歩くと車道と合流して集落、と言っても数軒の家があるだけだが、その中に南伊豆歩道の案内板がある。この道は、雑草のメンテナンスはしないくせに、案内板と道標だけは立派で、いかにもの環境省と静岡県の仕事っぷりである。おっと、いけない。ただで歩かせてもらっているので、悪口はそれくらいにして、次に進もう。要するに歩く人が少ないからいけないのだが、長距離で、公共交通の便が最悪、あまりの断崖絶壁ぶりでは、ここを歩けと言っても一般の人には勧めにくいのも確かだ。結果として、私のようなバカで物好きな人だけしか....以下略
アロエの畑があった。名産品なのだろうか。
そして、妻良に続く左側に山道の入口があった。ここまでにして帰ろう、という弱気な心の声もあったが、富戸ノ浜の手前で味わったトラウマも少し癒えたようなので、突入することにした。先ほどの家族連れがここを歩いたかどうかはわからないが、一応良い材料だ。時間はまだ12時15分なので余裕はある。
72 アロエの畑 73 南伊豆歩道妻良方面入口
心配をよそに道は林間で安定している。むしろ、苔むした石畳があって、古くからの道であることがわかる。いままで歩いてきた南伊豆歩道であるが、あんなところに新たに道を切り開いたとは思えない。おそらく昔からの道を整備したものだと思う。舟が出せなければ、海辺の孤立した各集落は、あの険しい山道を越えないと連絡できなかったのだろう。手すりや階段、ロープなど無かっただろうから、どちらにしても命がけである。
74 林間コース その1 75 石畳?
76 石畳確定 77 林間コース その2
78 日本で最も強毒のヘビ 79 草原コース その1
頭部が派手な色の子供のヘビがいた。ヤマカガシである。毒はハブよりも強く日本最凶である。アオダイショウに続いて今日2匹目のヘビとの遭遇である。
写真79の場所が今日の最高標高地点で、約220m。標高310mの二十六夜山の南にあたる。
80 草原コース その2 81 草原コース その3
案内板によるとここまでは草原コースと呼ばれるカヤト跡の山だったらしいが、現在はそうでもない。かやを刈らなくなってから時間が経って、樹木が成長したからだろう。
82 コース案内板 83 通行止めの枝
それにしても、この先はジャングルコースということなので、道がいつジャングルに埋もれてしまうか、心配である。
84 ジャングルコース その1 85 ジャングルコース その2
86 吉田・妻良中間地点
13時26分、妻良と吉田からそれぞれ2kmの中間地点を通過。
87 波勝崎?
88 奇岩
岩の中腹に穴が空いている。エビ穴というらしいが、中にスズメバチの巣があるといううわさである。
89 海岸の断崖を進む
90 海が現れる
階段があったりして、かなり起伏が激しい。
91 今歩いてきた歩道を振り返る
地図によるとこの下には、南谷川浜と北谷川浜という、これまた夏は舟でしか行けない秘境海岸があるらしい。
92 北谷川浜
93 北谷川浜から波勝崎と京の字島を望む
それにしても、春だというのにおそろしく澄みきったエメラルドブルーである。スノーケリングをしたら楽しそうだ。
ここから海岸に別れを告げて、内陸に向かう。この先で林道に合流するはずである。
94 北谷川浜から内陸へ
95 谷を登る 96 木橋
結構急な斜面を登り切ると林道に合流した。13時49分、ジャングルコースという恐ろしいネーミングの区間を無事踏破できた。予想に反して、吉田からここまでは意外にまともな道だった。
97 林道へ 98 林道合流地点
林道に出たので、我慢していた最後のスポーツドリンクを飲み干した。妻良には自動販売機があるだろう。
99 林道を妻良方面へ 100 林道横の柱状節理
写真100ではわかりにくいが、立派な柱状節理が林道のすぐ横に露出していて迫力がある。
101 国道へ出る 102 妻良バス停
そして、14時10分についに林道が終り、国道に出た。生還である。
妻良のバス停まで歩いて、一応バスの時刻表を確認するが、やはり、14時台のバスはない。まあ、これは予想どおりなので伊豆急東海タクシーを呼ぶと15分位で来るという。下賀茂から来るのだろうが、意外と早い。ゴールデンウィークなので、タクシーが混んでいないかと心配したが、杞憂に終わったようだ。待ち時間にバス停の横の自動販売機で買った冷たいスポーツドリンクが信じられない程うまい。
やがて、タクシーが来た。車をとめた入間漁港まで、タクシー料金は2510円だった。運転手さんは、私の服装と行き先で私の行動をすぐに見抜いたようだったので、雑草がすごかったです、と答える。
GPSによる本日の歩行経路 (本日の歩数:15986歩)
今日は全行程が、南伊豆歩道だったが、その名前に騙されてはいけない。かなりワイルドな海岸のアドベンチャートレイルである。逆に、そういうのが好きな人には、たまらない道である。獣やヘビやスズメバチとの素敵な出会いもある。木も生えていない断崖絶壁の上で強い風に吹かれると、かなりの割合で天国に行けそうな道である。
アップダウンも激しい。今日の累積標高差も900mで、ハイキングコースというよりも登山道である。昔の人達にとっては、この命がけの道しか外界に通じる陸路は無かったのである。
それにしても、夏は雑草に覆われて通行不能、冬は風が強くて通行不能になるような道なので、限られた季節だけしか楽しめない、マニアックな道だ。
しかし、その道を歩いた人だけが、伊豆の本当の海岸線の美しさや手付かずの自然を見ることができるのである。
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