神奈川県一周   徒歩による県境の旅も、いよいよ道志/丹沢の山岳地帯のクライマックスへ
◆第27日目(2011年10月29日) 白石峠ブナ沢乗越         

  
  

 今回の県境出発点は白石峠である。白石峠の由来は、前回下った白石沢であり、その由来の白い石は大理石だ。そして、その大理石の由来は、南の海のサンゴ礁から出来た石灰岩が熱変性を受けたものなんだそうである。熱変性というのは要するに火山によるもので、その山がフィリピン海プレートに乗って北上し、日本列島に衝突したのが丹沢だということらしい。丹沢は今も隆起を続けているわけで、さらにその後ろから伊豆半島が衝突しており、まあ、そんな訳でこの地域は地球的にはいろいろな力が激しくぶつかり合っているのである。伊豆諸島から箱根、富士、丹沢にかけて、山、断層、火山、温泉、地震が多いのもそのためである。
 さて、話は元に戻って、白石峠までのアプローチは、神奈川県側の西丹沢から入るコースと、山梨県側の道志村から入るコースがあり、一長一短がある。
 下図の青線、西丹沢ルートは、なんといってもバスの便がよいが、アプローチの距離が長い上に、前回わかったように、白石峠へ登る沢沿いの道がひどいのが難点である。一方の赤線の道志ルートは、台風の被害は不明だが、地形から見てそれほどひどくはないと思われる。しかし、登山用地図では危険マークがあり、通行注意となっている。出発地点の標高は、西丹沢が500m、道志が600mだが、道志側から登ると白石峠よりも高いところに出てしまうので、ほぼ互角。どうせなら違う道から登りたいという気持ちもあるが、どちらから登っても日帰りでは行動時間が短すぎるという難点がある。



 そんなわけで、今回はできれば道志側から登りたいのたが、問題点は交通の便が極端に悪いことである。4時に起きて始発電車に乗り、橋本から三ケ木乗り換えで月夜野まで行き、県境で富士急バスに乗り換えると、8時過ぎに道志村に着く。が、このバスはなぜか土曜日しか運行していない。さらに、帰りに利用できる時間帯のバスは、月夜野、山中湖、都留市方面ともに皆無、つまり、道志村で泊まるしかないのである。陸の孤島だ。前日と併せて、道志村に2泊すればよいが、連続した3日間の休みを確保するのは難しい。それに、経費もかかるし天気の保障もない。

 では、タクシーはどうか。おそらく山中湖からが一番近いが、往復でかなりの料金がかかるだろう。その後の行程も考えると、できるだけ菰釣山に近い地点まで行きたい。山奥での日の短い秋の行動時間を考えると、可能な限り早い時間に出発する必要がある。となると山中湖経由では無理である。帰りは道志村までタクシーが来てくれるのかも疑問だ。

 最後の手段として、車の利用が考えられる。これなら時間は自由である。が、車の最大の欠点は駐車した場所まで戻ってこなくてはならないことである。尾根への往復で終わってしまうのだ。もちろん、バスで車まで戻る手も使えない。頭の中で計画が堂々巡りする日が続いた。

 こんな状況なので、道志村の旅館で前泊し、菰釣避難小屋で1泊することを考えていた。そのためにシュラフも買った。しかし、4L以上の水、2日分の食糧、シュラフ、マット、コンロなどで荷物重量がかなり重くなる。前回、体力的にきつかったので、重装備での登山に耐えられるかどうか自信が持てなかったのである。

 そんなある日、ネットで登山の記録をみていたら、下山地点にバイクをデポしておき、車まで戻るという記述があった。これである。バイクは持っていないが、代わりに自転車でもいけるのではないか。早朝の出発は、前日に現地に入って車中泊すればよいだろうと思いついた。調べてみると、「道の駅どうし」で泊まれそうである。しかし、初めて経験する不確定要素が多く、はたして計算どおりにうまくいくのかどうか、ちょっと不安になる。予測できないリスクが多そうだ。

 で、実行である。前日の10月28日は横須賀に出張だったが、まっすぐ帰り、食事、風呂を済ませて荷物を準備する。夜8時、車に自転車を積み込んで、道の駅どうしに向けて出発である。それにしても、夜の山道の運転は暗くて疲れる。



 夜の道志村は寒かった。夜11時に寝袋に入るが、バイクの若者がたむろして治安はよろしくない。しかし、寝ておかないと明日が持たないので、覚悟を決めて酒を飲んで眠ることにした。バイクの音や寒さで2時間おきに目が覚めた。

  1 早朝の道の駅どうし                2 道志の湯入口
   

 10月29日、寒さで5時30分に目覚める。車内の温度は6℃であった。今回はじめて使うシュラフは2℃まで対応しているが、服で調節する必要がありそうだ。まだ暗いが準備をして、6時の夜明けを待って車で道志の森キャンプ場を目指す。時計の日出日入時刻のインジケーターが役に立った。それにしても、こんな早朝からバイク乗り達が道の駅に集まってきているのには驚いた。よっぽど暇なんだろう、と思ったらこんなことをしている自分のほうがもっと暇人だと気付いた。

 林道の終点まで行きたかったが、道路が悪く、仕方なく最後の民家の先の林道脇に自転車をデポする。ちなみにこの自転車はスーパーで安売りしていたなんちゃってMTBであるが、それでもこんな未舗装の林道を走るのには最適である。なぜか、CALSONICと書いてあるので、とりあえず「CALSONIC号」と名付けておこう。
 
その後、道志の湯入口まで戻り車を停めて、7時20分に徒歩で出発だ。




  3 道志の湯                     4 登山者用駐車場
   

 道志の湯は休業中であった。駐車場にはすでに数台の車がとまっていた。

  5 登山道入口                    6 道標
   

 標識に従って登山道に入る。横浜市の植林地を緩やかに登って行き、鹿柵を立派な木の歩道橋で越える。もう1箇所同じものがあるが、さすがに横浜市水道局はお金持ちである。

  7 鹿柵を越える                   8 朝日の射しこむ登山道
   

 植林地帯が終わって自然林になり、朝日も差し込み、雰囲気が良くなってきた。

  9 倒木                       10 西の山々を望む
   



 東屋で休憩する。ここから道は沢を離れて斜面に取り付き、急坂となる。

  11 緩やかな上り                  12 東屋
   

  13 東屋の先から上を見上げる            14 美しい森を行く
   

 朽ち果てたベンチのある休憩所に着いた。

  15 これから歩く尾根                16 壊れたベンチ
   

 腰掛けて正面を見ると、ここにベンチを置いた理由が判った。木々の間から西に展望が開け、素晴らしい景色が広がっていたのだ。

 17 ベンチから見た鳥ノ胸山と富士山

 岩っぽい登山道が続き、ついに石が林立する場所に出た。不思議な岩場だと思ったが、後で調べてみると昔の石切り場だったらしい。

  18  岩の登山道                  19 石切場跡
   



 尾根がかなり近づいたと思ったら、崩壊地に出た。登山用地図で危険マークがあったところだろう。ロープが張ってあったらしいが、それも土砂と一緒に流されている。

  20 崩壊地                     21 崩壊地のロープ
   

 ここからは、道志山塊の御正体山がよく見えた。

  22 崩壊地から見た御正体山             23 県境尾根
   

 崩壊地を越えるとすぐに県境の尾根に合流する。ここの標高は約1350mで、加入道山から白石峠に降りる途中である。少し下ると、まもなく白石峠だ。750mほど登ってきたが、それほど疲れていない。前回の時とは違って、肉体的にも精神的にも余裕である。さっそく石の県境標識が埋まっていた。ここからが、今日の本当の県境の旅になる。

  24 白石峠                     25 県境標識
   



  26 謎の背負子                   27 大室山
   

 天気は快晴で、美しいブナ林の間からみえる山々がなかなか良い雰囲気だ。

  28 水晶沢ノ頭へ                  29 苔むした県境標識
   

  30 水晶沢ノ頭                   31 ジャガクチ丸へ その1
   

 この尾根は
甲相国境尾根という時代がかった名前がついているらしい。尾根といっても、写真32,33のようななだらかな稜線ばかりというわけではなく、頭とか丸という名前がついたピークのアップダウンが続く。ちなみに、○○の頭、○○丸という山の呼び方は、丹沢山地に多いようだ。

  32 ジャガクチ丸へ その2             33 ジャガクチ丸へ その3
   



  34 ジャガクチ(蛇ガ口)丸              35 道志山塊
   

 県境の尾根道は、ブナを中心とした自然林と時々現れる周囲の山々の姿が印象的である。

  36 畦ヶ丸                     37 バン木ノ頭
   

  38 ベンチ                     39 障害物
   

 通る人が少ないため、所々で倒木や薮が邪魔をする。



 このあたりは、西丹沢でも最も登山者の少ない山域である。今日は休日のはずだが、ここまでですれ違ったのは、メガネをかけた若者一人である。時間からみて、夕べは菰釣避難小屋に泊まったのだろう。人が少ないということは、それだけ野生動物の天下だということである。
 その証拠に、登山道の真ん中に糞があった。明らかに鹿などの草食動物のものではない。形は、人のものに似ているが、色が少し違うようだ。それに人がこんな道の真中で用をたすことはないだろう。なによりも、糞の中に白い種子のようなものがたくさん混じっている。まだ新しそうだ。
 ということは、そう、ツキノワグマの糞だろう。このサイトに解説があるが、その中のこの写真に似ている。いや、似いているというよりも、そのまんまである。ストックを握りしめ、鈴を確認した後、思わず歌を歌ってしまった。こんな誰もいない山奥で彼らに会いたくはない。今日は、この後もやはり道の真中に糞を3箇所発見した。藪がない登山道は、彼らにとって格好のトイレなのだろうか。

  40 野生動物の糞                  41 県境標識
   

  42 モロクボ沢の頭                 43 モロクボ沢の頭の高度計表示
   

 モロクボ沢の頭についた。ここには、畦ヶ丸からの道が合流している。もうこれから先は、左の西丹沢・世附川方面に向かうエスケープルートはない。左側の谷は貫通する登山道もない空白地域なのである。

 44 大界木山へ

 モロクボ沢の頭を過ぎて下ると、白く風化した岩の痩せた尾根があった。両側は崖である。踏み外さないように慎重に渡るが、その先は笹で両方の崖が見えにくくなっており、むしろこちらのほうが油断して滑落しそうである。滑落しても、死体が登山道から見えなければまず発見されないだろう。もし発見されたとしたら、左に落ちれば神奈川県警、右に落ちれば山梨県警の管轄なので、やってくる刑事さんも違ってくるのだろう、などと馬鹿げた想像をしてみる。

 45 倒壊した県境標識                 46 痩せた尾根
   



 正面にピークがみえる。大界木山らしい。

  47 大界木山を望む                 48 障害物
   

 1246mの大界木山についた。展望はない。いつの間にか、ダブルストックになっている。

  49 大界木山                    50 城ヶ尾峠へ
   

  51 笹原                      52 城ヶ尾峠 その1
   

 城ヶ尾峠に着いた。ここから右折して道志の森キャンプ場へ降りる道がある。今日の唯一のエスケープルートであるが、もちろん今日は直進する。ここで年配の人に会った。西丹沢から畦ヶ丸経由できたそうで、道志へ下っていった。今日山で会ったのは、この人と先ほどの若者の他に2人、計4人である。その2人も単独行であったが、いかにも山慣れた感じのベテランで、歩くのも速い。高尾山と違って、こんなところまでわざわざ来るのは、熟達者だけなのだろう。

  53 城ヶ尾峠 その2                54 城ヶ尾峠 その3
   

  55 城ヶ尾山へ                   56 城ヶ尾山 その1
   

 城ヶ尾山は、珍しく草原の山で明るく気持ちが良い。

  57 城ヶ尾山 その2                58 中の丸へ
   



 城ヶ尾山から中ノ丸へ向かう尾根で南側が開けている場所があった。幾重にも重なる山が望める写真59は、今日のベストショットである。一番奥中央は箱根中央火口丘で、外輪山が取り囲んでいるのがわかる。その手前は明神峠から不老山と続く、西丹沢南端の神奈川県と静岡県の県境の山々だろう。近い将来、歩く尾根である。その手前左のピラミッド型の山は権現山だと思われる。

 59 県境尾根から南方向を望む

  60 北方向を望む                  61 正面の富士山
   



  62 中の丸 その1                 63 中の丸 その2
   

 標高1280mの中の丸に到着した。平坦な尾根の途中にベンチがある。これが今日最後のピークかと思ったら、地図上にはもうひとつブナ沢の頭というピークがある。しかし、大した登りもなくブナ沢ノ頭に到着。時間は順調である。

  64 笹をかきわける                 65 ブナ沢ノ頭
   

 下って、平坦になると、菰釣避難小屋200mの標識があった。今日の目的地も近い。

  66 ブナ沢乗越へ                  67 菰釣避難小屋案内板
   



 14時8分、本日の目的地であるブナ沢乗越に到着した。もうすぐ菰釣山という地点だが、今日はここから県境尾根を外れて道志川に下る。これ以降の県境尾根は、山の中の一本道で、山中湖近くの山伏峠まで合流する道はない。

  68 ブナ沢乗越 その1               69 ブナ沢乗越 その2
   

  70 ブナ沢乗越高度計表示              71 尾根から下る
   

 今日は、1Lの蜂蜜入りビタミン水を節約しながらすこしずつ飲んでいたが、喉が乾いていたのでここで全て飲み干す。残りは500mLの予備の水だけであるが、ここまで来れば大丈夫だろう。この下には、避難小屋に泊まる人が使う水場があるはずだ。

  72 尾根直下                    73 涸れ沢を下る
   

 水のない尾根直下の谷をジグザグに下っていくと、やがて左手から流れてくる沢に合流する。水場である。もう水の心配はない。ペットボトルの水を捨てて、沢から直接水を飲んだ。北斜面の深い谷なので、すでに薄暗い。

  74 水場                      75 林道へ合流
   



 林道に出たが、台風でかなり崩壊しているようだ。写真77のとおり、車両は通れない。

  76 修復された林道                 77 崩壊した林道
   

  78 危険な沢を渡る林道               79 障害物
   

 途中で舗装された林道の上を沢水が流れているのだが、その茶色に変色した道を横断しようとして滑り、危うくすぐ下の滝に落ちそうになった。苔が生えているらしい。非常に危険である。



 危険ついでに倒木やマムシにも出会う。おまけに崩壊した林道の石の上で足をくじいてしまった。最後まで気の抜けない林道である。

  80 マムシ                     81 夕日を浴びる林道
   

 かなり陽が傾いてきた。心配なのは、CALSONIC号をデポした地点に無事たどり着けるかどうかである。もし、林道を1本でも間違えていたら、キャンプ場まで行って探索しなければならないだろう。かなりの時間のロスになる。そんな気持ちで歩いていたので、15時17分にCALSONIC号を見つけた時は嬉しかった。これで無事帰れると、その時確信した。



  82 デポした自転車(CALSONIC号)を発見する
     

 しかし、その考えは甘かった。

 CALSONIC号に跨った瞬間、後輪に違和感を感じた。なんと空気が抜けているではないか。なぜか「オーマイガッ」と叫んでしまったので、通りがかった人が笑っていた。
 しかし、ここまで来て最後の最後に大誤算である。いままで何年もパンクしたことがなかったのに肝心な時になぜこうなるのか。イタズラでもされたのだろうか。これでは今日中に帰れなくなるかもしれない。頭の中で様々な考えが渦巻く。
 CALSONIC号を捨てていくことも考えたが
、とりあえずダメ元で走ってみることにした。石がゴツゴツと直接車体を揺さぶる。このまま走ればCALSONIC号は壊れるだろうが、下りなので何とか走ることが出来る。途中で放棄する覚悟でいけるところまで行ってみよう。このようにして何とか林道を下り、道の駅どうしに到着した。朝と違って賑やかである。

 83 道の駅どうし
        

 国道に出ても下り坂だった。これは、計算どおりである。空気のない後輪でも、重力のおかげで何とか走り続けることが出来る。和出村の出発地までたどり着いてCALSONIC号を車に積み込んだ時には、ホッとした。
 帰り道の運転は、東丹沢の山道で夜になったが、予定どおり帰着することが出来た。

 GPSによる今日の歩行経路


 GPSによる今日の高度記録


 今日は、丹沢山中の2日目、県境の尾根を白石峠からブナ沢乗越まで歩くことが出来た。西丹沢の最深部と言っても良いだろう。登山者の少ない、したがって素晴らしい自然が残された地域である。クマもいる。その尾根に沿って、西に向かって着実に足跡を刻むことが出来た。
 前回の大室山経由の累積標高は1728m、今回の累積標高は1432mだが、疲労度はかなり違う。車と自転車の運転や睡眠環境を考えると体力、時間的に厳しいと思ったが、何とかなったようだ。最後のアクシデントも乗り越えることが出来、少し自信がついたような気がする。帰って体重を測ったら、1kg減っていた。
 次回も交通が不便で、きつい山登りである。菰釣山を越えて山中湖方面へ向かうことになる。
 
 例のCALSONIC号であるが、後日調べたところ、パンクではなく虫ゴムの破損であった。出発時に空気を入れたので、圧力に耐え切れずゴムがダメになったらしい。普段のメンテ不足である。虫ゴムを交換したら、直ってしまった。驚いたことに、フレームや車輪はおろか、チューブも無事であった。タイヤがオフロード用だったのが幸いだったのだろうか。CALSONIC号はなかなか頑丈に出来ているらしい。

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