海岸線をどこまでも 本州一周 (になるかもしれない旅)  大洗から茨城県北部の海岸を北上する
◆ 第12+33日目(2012年4月28日)  大甕駅日立駅



 今日はいつもの上野7時発のスーパーひたちではない。大甕には停まらないのである。今日は、7時半発のフレッシュひたち5号への乗車である。ゴールデンウィークに突入ということで、念のため前日に指定席特急券を買っておく。が、この列車は満員というわけではなかった。大甕駅には9時9分に着いた。

   

  1 大甕駅に到着したフレッシュひたち5号        2 大甕駅
   

 大甕駅に降り立つと、曇りである。
 体調が悪い。寝不足と二日酔いだ。吐き気と頭痛がして、頭はこの天気と同じようにどんよりとしている。昨夜勢いで行った2次会は余計だった。自業自得とはいえ、前途多難である。しかし、前日に特急券を買ってしまった手前、ここで引き下がるわけにもいかない。筆者のような貧乏人にとって、大枚2,490円を投じて買った特急券を無駄にする訳にはいかないのである。



 駅前通りを真っ直ぐ東へ進んで海岸に着く。

  3 古房地鼻                     4 田楽鼻を望む
   

 晴れていないどころか、北からの強い風が吹いていてえらく寒い。油断して手袋と予備の服を持って来なかったことを激しく後悔し、益々暗い気分になった。たしか、今朝、ネットで天気予報を確認したら晴れになっていたような気がするが、どうなっているのだろう。

  今日の天気図
  

 5 水木異国船遠見番所跡説明板


 田楽鼻に着いた。「鼻」というのは岬のことである。地名の由来は上記のとおりであるが、この大祭礼は72年に一度開催されるらしい。並んでいる石碑は、その記念碑である。平成15年に第17回が開催されたそうである。前回は昭和6年、なんとも気の長い話であるが、殆どの人は一生に一度しか観られないということになる。第15回以前の石碑は、崖から落ちたらしい。たしかに、地形的に見ても、以前は浸食が激しかっただだろう。築山があったので、おそらくあの上で田楽が行われたに違いない。それにしても、72年に1回でどうやって田楽の伝統を継承するのだろうか。毎年、小さな例祭が行われるのだろうか。

  6 田楽鼻の石碑群                  7 田楽鼻の築山
   

  8 田楽鼻から古房地鼻を望む             9 田楽鼻から北を望む
   

 空は鉛色で、相変わらず北風は冷たい。
 海岸に降りる道があったので行ってみる。ここは水木海岸というらしいが、調べているととんでもない写真が見つかった。コレである。 まさに写真11の場所が津波に襲われている衝撃的な写真だ。

  10 海岸へ降りる                  11 水木海岸へ
   



  12 海岸の祠                    13 水木海水浴場
   

 この水木海岸が津波に襲われた傷跡が残っている。写真12の祠の扉。そして、さらに歩いて行くと、壁や窓が破壊されたままの建物が、1年以上の歳月にもかかわらず、まだ残っていた。

  14 津波の爪痕 その1               15 津波の爪痕 その2
   

  16 津波の爪痕 その3               17 津波の爪痕 その4
   

 ここまで歩いてきて、魚市場などの被害は目の当たりにしたが、民家のここまでの大きな被害は初めて目にする。



  18 水木海岸                    19 護岸復旧工事
   

 ここもかつては美しい砂浜だったのだろうが、侵食が進んでいるので、コンクリート護岸だけになるのも時間の問題だろう。先程、海水浴場の標識があったが、これでは泳げない。

  20 海端端                     21 失われた砂浜
   

 津波とは関係ないが、茨城県では、犬の散歩もノーリードが当たり前なのは相変わらずである。

  22 犬の散歩                    23 河原子海岸へ
   



  24 津波の爪痕 その5               25 津波の爪痕 その6
   

 1階部分に被害があった写真24の建売住宅や写真27のアパートに住人が戻ってくる日は遠そうである。

  26 南浜橋                     27 津波の爪痕 その7
   



 防波堤が近づくと砂浜が復活してきた。

  28 河原子南浜海岸 その1             29 河原子南浜海岸 その2
   

  30 津波の爪痕 その8               31 津波の爪痕 その9
   

 廃業した飲食店や旅館が痛々しい。

  32 河原子南浜海岸 その3             33 浪切不動尊
   



 河原子漁港に到着した。

  34 河原子漁港の工事                35 河原子漁港
   

 漁港の横には、神社を祭った岩があるが、残念ながらフェンスに囲まれて立入禁止である。

  36 烏帽子岩                    37 河原子北浜海岸 その1
   

 津波の影響でやや荒れているが、なかなか雰囲気のある海水浴場である。

  38 河原子北浜海岸 その2             39 河原子北浜海岸 その2
   

  40 河原子北浜海岸 その3             41 河原子北浜海岸 その4
   

 大きめの石が細かな砂に変わり海岸崖が迫ってくると、運動公園に着いた。スケボーをしている若者とおじさんがいる。

  42 河原子北浜海岸 その5             43 河原子北浜スポーツ広場管理棟
   

 新しい管理棟に、眺めのよさそうなガラス張りの休憩室があったので、缶コーヒーを飲んで休む。出る時、係の方に、この建物に津波の被害がなかったのか聞いてみた。海面からやや高いところにあるので、海面は崖の途中まできただけで、被害は無かったそうである。



  44 一ツ岩遠景                   45 桜川上流側
   

 崖を切り割って流れるワイルド感あふれる桜川を渡る。川の向こうにも公園は続いており、ゴルフ場になっているようだ。

  46 桜川河口                    47 ターゲットバードゴルフコース
   

 ターゲットバードゴルフといって、ゴルフボールとバトミントンの羽根を組み合わせたようなものを使っている。たくさんの年配者が楽しんでいるが、結構フルスイングしていて、見ているとなかなか楽しそうである。

  48 ターゲットゴルフを楽しむ人達          49 遊歩道 その1
   

  50 海岸工事                    51 遊歩道 その2
   

 ドッグランを過ぎると、遊歩道が行き止りになってしまった。崖の上に登る道も、海岸に降りる道もなく、しかたがないのでゴルフ場に戻る。

  52 遊歩道行き止り地点               53 背後の崖
   



 ゴルフ場から砂浜に降りて北を見るが、崖が迫っており、重機も入っている。行けそうにない。ターゲットバードゴルフにきた地元の男性に崖を登る道があるか尋ねると、緊急時以外は通行止めの悪い道ならあるというので、教えてもらう。

  54 スポーツ広場下の砂浜から北を望む        55 避難路
   

 この公園は崖を背負って南北に長いため、津波が来ると逃げ場がないので、避難路は必要だろう。緊急時以外立入禁止とマムシ注意の看板が建っている。しかし、今日は二日酔いで今にも倒れそうという、まさに緊急時なので、通らせてもらうことにする。
 話のとおり登山道のような道だ。マムシには会いたくないので、棒を拾って前を払いながら進む。公園のために通したというわけではないらしい、かなり古そうな道である。
 おそるおそる坂を登っていると、目の前に鎌首を持ち上げて威嚇するマムシの姿を察知した。思わず飛び退く。よく見ると、それは写真56であった。マムシ草である。その名前の由来は見てのとおりである。やはり、通行禁止の道を歩いた罰が当たったようだ。しかし、ここで気を緩めてはいけない。このような崖からの湧水が豊富な湿ったところでは、本物のマムシがいてもおかしくない。

  56 マムシ草?                   57 崖からスポーツ広場を望む
   

 崖を登り切ると、大企業の立派な保養所のような施設の敷地に出た。このあたりでの大企業といえば、この木なんの木のあの会社だろう。ハワイに行った時に、公園に似た木があったことを思い出した。

 ところで、日立市という名前の由来は日立製作所かと思っていたが、調べてみると日立という地名が先にあり、日立鉱山という銅山から始まったのが、日立製作所だそうである。が、今や、日立と言えば、日立市ではなく、日立製作所の方を思い浮かべるのは、私だけではないだろう。

 話がそれたが、この施設は「要害クラブ」というらしい。変な名前だ。要害だったのか。調べてみると、まさにそのとおりである。それも、戦時中ではなく、戦国時代の話しらしい。この要害の地に要害城という城が本当にあったのである。詳しくはリンク先を見ていただくことにして、国道245号線に出て先に進もう。

  58 要害クラブ                   59 国道245号線に出る
   



 道路の向こう側は、日立の工場、こちら側は日立の病院と、まさに企業城下町である。

  60 日立アプライアンス               61 日立製作所多賀総合病院
   

 海側に白亜の豪邸が見えた。アジュール日立という看板がある。結婚式場だ。日立グループがやっているのかと思ったら、そうでもないらしい。海辺のチャペルとリゾート気分を売りにしているらしい。確かに崖の上にあるので、眺めは最高だろう。写真を撮っていたら、黒服を着たおじさんに睨まれた。
 その先に海岸へ降りる道があった。郵便屋さんのバイクが降りていったので、行ってみる。

  62 アジュール日立                 63 国分町を海岸へ
   

 崖の下に数件の民家があるが、津波は大丈夫だったのだろうか。近くにいたおじさんに、北側に抜けられるか聞いてみたが、行き止りらしい。訛りがあってよくわからないが、反対側には行けるらしい。ということは、スポーツ広場の下から無理して来れば、ここまで海岸を歩けたのかもしれない。
 再び坂を登って、国道から海寄りの道に入ると、広い敷地に室内フットサルコートとスポーツクラブがあった。フットサルコートはテニスコートと兼用で、一組の若者がテニスをしていた。敷地内に遊歩道があったので行ってみるが、敷地内から北へ抜ける道はないようだ。
 スポーツクラブというと、有閑で都会的な感じがするが、出てきた女性は典型的な田舎のおばあさんという風体で、なんだかアンバランスな感じがした。日立というところは、大企業があるせいだろうか、どこかおっとりした、良い意味でお金と余裕がある田舎といったような不思議な雰囲気である。

  64 スパーク鮎川                  65 鮎見橋から鮎川河口を望む
   



 再び国道を北上すると、綺麗な川があった。鮎川である。

  66 河口の歌碑                   67 鮎川河口
   

 河口から海岸に出る。防波堤に昆布だろうか、海藻が干してある。さらに北に行くが、防波堤の道は途切れ、写真69のように崖が続いている。

  68 昆布?                     69 北方面を望む
   

 再び、川があった。名前はわからないが、水量が多い。地図を見ると、すぐ上流に下水処理場があるようだ。下水処理水の放流溝には見えないが、確かに水量は不自然である。

  70 海に流れ込む清流?               71 会瀬地蔵観音
   



  72 会瀬町から北を望む               73 会瀬町から南を望む
   

 眼下には再び美しい砂浜が見えた。いつの間にか、青空が広がっている。西から天気が回復してきたのだろう。天気予報はやや勇み足だったらしい。

   

  74 会瀬広場                    75 海辺のコレクション
   

 児童公園から漁港に出る。公園のベンチには、子供の忘れ物だろうか、かわいいコレクションが残っていた。

  76 会瀬漁港 その1                77 会瀬漁港のゴミ
   

 漁港の片隅に置かれたゴミや、サカサマになったままの漁船に津波の痕跡をみる。

  78 会瀬漁港 その2                79 逆さまになった漁船
   

  80 地震による防波堤のズレ
   



 小さな岬にこれまた小さな神社がある。いかにも日本的な、安心するようないい風景だ。

 81 会瀬海岸から津神社を望む


 天気も良くなり、鳥居からみる海は、なかなか気持ちがいい。

  82 津神社                     83 津神社正面の海
   

 神社は新しい感じである。津波で流されたのだろうか。

  84 津神社先の磯                  85 日立駅方面へ
   

 何処か淋しげな海岸沿いの道を行くと、やがて前方に大きなカーブを描いた立派な道路がそびえ立っているのが見えた。

 86 日立バイパス


 橋脚にあたる波浪は相当激しいと思われるが、テトラポッドもなく大丈夫だろうか。



 行手は川で阻まれる。崖を見ると滝があった。滝壺もあり、修行僧が滝行でもしていそうな雰囲気である。滝の上はコンクリートの四角い排水口のようなものが見えるので、人工的なものかもしれないが、雰囲気は、厳かである。

  87 滝?                      88 滝から海へ
   

 滝の横に仏像があったので、やはり修業の場であったのだろうか。

  89 滝の横の不動明王?               90 崖の上へ
   

 民家の横から崖の上に上がる。もう日立駅が近い市街地の真ん中である。先ほど見えたバイパスを横断する。

  91 崖から見た旭町                 92 日立バイパス旭高架橋
   



 旅館の前で再び海岸に降りていく。

  93 古そうな旅館                  94 崖下へ降りる
   

  95 ひたち郷土かるたが書かれた防波堤と日立バイパス


 防波堤の壁面には鮮やかなかるたの絵が描かれ、そのはるか上にをトラックが横切るという、なかなかシュールな光景に出会ったので、思わずシャッターを切った。

 96 渚橋から宮田川河口を望む

 宮田川に到着した。日立駅のすぐ東側にあたる。すでに、13時30分である。意外と時間がかかったのは、前日の不摂生により体調が万全でないという理由だけではない。崖を登ったり降りたり、行き止りも多いので時間がかかるのである。
 特急列車の停車駅の都合もあるので、今日は日立駅で終わりにしよう。それにしても、この渚橋からの眺めは、日立駅から徒歩圏内というのが信じられないほどの景色である。



 坂を登っていくと、突然ガラス張りの展望台のような建物が現れた。なんとこれが日立駅である。ガラスの宮殿といってもいいような豪華さである。

  97 日立駅海岸口  その1              98 日立駅海岸口 その2
   

 99 日立駅海岸口から南を望む


 100 日立駅海岸口から北を望む


 海岸口という名前以上に、雄大な絶景である。ここは、リゾートホテルでもなければ、展望台でもない。人口が20万人近い都市の駅前のロータリーなのである。優雅にカーブを描く屋根の向こうに青い海が広がるという、信じられない景色の駅前であるが、確かに日立駅海岸口と書いてあり、タクシーも停まっている。

  101  日立駅海岸口 その3             102 日立駅海岸口2階
   

 2階に上がると、さらにJRの駅構内とは思えない光景が広がっていた。通路の東端に、人がたくさんいて、景色を楽しんでいるのである。その横はカフェになっていて、絶景が楽しめるようになっていた。

  103 日立駅海岸口2階からの展望          104 海を望むガラス張りのカフェ
   

 写真105は、海辺のリゾートのレストランから見た風景ではなく、JRの特急停車駅の改札口から見る、駅前ロータリーなのである。日本広しと言えども、駅前にこんな景色が広がっているのは見たことがない。海の見える田舎の駅や駅舎が立派な都会の駅はあるが、こんなガラスのリゾート駅はおそらく唯一無二だといってもよいだろう。わざわざ日立駅に来て、あのガラス張りの店でコーヒーを飲みながら海を見る価値は十分にあると思う。もっと話題になっても良いのではないだろうか。まあ、筆者が知らなかっただけかもしれないが。

  105 改札口から日立駅海岸口を望む


 2時過ぎのスーパーひたちに乗る前に、ビールとつまみを買う。ついでに、売店の女性にこの駅がいつ出来たか聞いたところ、去年の4月だとのこと。「素晴らしい駅ですね」と言うと、「ありがとうございます」とお礼を言われた。「いや、あなたのことを褒めてるんじゃないんだけど...」と思いながらも、ここで働く人にとってもやはり自慢の駅なんだなと納得した。

  106 スーパーひたち38号             107 スーパーひたち室内
   

 E657系のひたちの車内は黒いシートで、内装もなかなかかっこいい。驚いたことに、座席の横にはコンセントまでついている。携帯を充電したり、ノートパソコンを使うのに便利そうだ。無線LANでネットもできるらしい。

  108 肘掛けのコンセント              109 ネット接続サービスの案内
   

 このスーパーひたちは水戸からノンストップで上野へとひた走る。

 GPSによる本日の歩行経路 (時間:4h34m 距離:19.1km)


 諸事情により距離は伸びなかったが、なかなか変化に富んだ海岸線であった。海水浴場でもある海岸線は、津波と侵食で傷ついていたことが少し残念だが、崖と砂浜の地形がダイナミックで、思ったよりも開発されて人の活動が感じられる、美しい海岸線が続いていた。
 今日の到達点となった日立駅は、一見の価値がある素晴らしいマリンリゾートステーションであった。

 (本日の歩数:29129歩)

NEXT ◆第12+34日目(2012年5月26日) 日立駅 〜 高萩駅

PREV ◆第12+32日目(2012年4月1日)阿字ヶ浦 〜 大甕駅
       ご意見・ご感想はこちらまで