多 摩 川 探 訪             

 
山梨県と埼玉県の県境、奥秩父の山中から流れ出て、奥多摩湖を経て、多摩地区を流れ、神奈川県と東京都の境界を下り、羽田と川崎の埋め立て地で東京湾に注ぐ大河
第3+1日目 (2009年9月5日) 多摩川原橋(東京都調布市)多摩大橋(東京都昭島市)
           本日の踏破区間(赤線)                                  


 
南武線の矢野口駅を降りる。駅は高架になっており、まだ新しい。駅の横の多摩川原橋に続く大通りをまっすぐ進むと眼前に多摩川が現れた。

 1 矢野口駅                        2 多摩川原水道橋
   



    

 夏の残照を色濃く残す多摩川原橋の上に立つ。空は晴れているが、川面を吹き渡る風は確実に秋の気配がして、心地よい。

 3 多摩川原橋上                      4 多摩川原橋から上流を望む
   

 橋を渡って左岸側を遡上する。中央車線のある立派なサイクリングロードがある。景色も良く快適な道だが、たくさんの自転車がものすごいスピードで行き交っている。ジョギングの人もいて、かなり危険な状況だ。事故も多いのだろう。道が立派すぎて、自転車のスピードが出過ぎるような道だ。写真5をご覧いただければ、自転車の多さがわかるだろう。
 で、写真6のような看板が立っている。写真6の看板とサイクリングロードの間に芝生が剥げた小径が見えると思うが、歩行者は危険防止のためここを歩いているようだ。

 5 河畔のサイクリングロード               6 事故防止の看板
   

 遠くに橋と水色の大きな水門が見えてくる。

 7 稲城大橋を望む                    8 稲城大橋と水門
   

 水門に近寄ると、下水処理水の放流水路だった。

 9 北多摩一号水再生センター排水樋門         10 北多摩一号水再生センター排水路 その1
   



 下水処理水独特のにおいが漂い、緑かがった放流水が流れていく。下水処理水はどこでも同じ色と臭いがする。

 11 北多摩一号水再生センター排水路 その2       12 稲城大橋
   

 橋の袂の部分はふくらんでおり、料金所が見えた。この立派な橋は稲城市から直接中央高速道路に入る有料道路らしい。
 その料金所の真下には、雨をしのげる広い空間があり、写真14のとおり、テントが3つ張ってある。テントは遠目は綺麗だが、近寄ると埃が目立つ。普通のキャンプ場と違うのは、3泊4日などのキャンプではなく、明らかに長期滞在していることだ。もう一点はおそらく料金を払っていないだろうということである。 河川敷のブルーシートの人たちとはひと味違うライフスタイルである。

 13 北多摩一号水再生センター排水路 その3     14 稲城大橋下の非合法私設キャンプ場
   

 河畔の道路は緑に囲まれ快適だ。先ほどの水門に流れる水は、この下水処理場から出ていくのだろう。

 15 稲城大橋上流側の河畔                16 北多摩一号水再生センター
   
 親水公園は、夏休みが終わり心なしか寂れているようだ。    

17 多摩川親水公園                     18 小柳町の住宅街
   

 左岸では、写真19のように1kmおきにポストが設置してある。このあたりは住宅街なのだが、なんだかエンジンの音がうるさい。暴走族ではないようだ。この音はたぶん多摩川競艇場の音だろう。
 多摩川は昔、砂利の採取が盛んで、競艇場はその採取跡地に作られたそうだ。競艇場や是政には西武多摩川線が通じているが、この路線も多摩川の河原で採取した川砂利を運搬する目的で作られたそうである。

 19 30キロポスト                   20 多摩川競艇場付近から上流を望む
   

 21 印象的なポプラの木


 ここには、5本の木が並んでおり、堤防側の2本は、印象的なポプラの木である。広い河川敷の草原と青い空に生えるこの木の影がサイクリングロードにかかるところで、日差しを避けて休んでいる人がいた。
 北海道美瑛のケンメリの木を彷彿とさせる風景だが、ケンメリといっても今の若い人たちには何のことかわからないだろう。発売当時は筆者もまだ中学生なのでスカイラインは買えず、ただの憧れであったが、ちょうど団塊の世代あたりが当事者ではないか。

      

 インターネットに不可能はない。ということで当時のCMを探してみたら、ここにあった。ただし、美瑛のポプラの木は映っていない。CMのバージョンが違うのだろう。ちなみに、ケンとメリーを演じているのは、陣内たけしとダイアン・クレイというモデルさんと書いてある。子供心にかっこいい人だったという記憶がある。調べてみると、陣内たけしは、横須賀出身のモデルということなので、親が米兵のハーフなのだろうか。残念ながら、この後バイクで事故死してしまったそうだ。マリファナ使用の噂もあったようだが真偽の程はわからない。CMの幸せそうな姿とは対照的に若くして亡くなった悲しい現実の姿である。



 2020年5月4日追記

 女性モデルの方のダイアンクレイさんだが、ネット社会とはすごいもので、なんと2012年にスカイライン絡みで来日されていたことがわかった。

   

 当時のCMからのカットと40年後に来日した時の写真もあったので載せておこう。

     

 
出典 http://www.starroad.co.jp/ケンメリーのmary%E3%80%80ダイアンクレイ夫妻%E3%80%80東京観光/

 当時のCMでは日本人が憧れる美少女としか言いようのないダイアンクレイさんであるが、40年後も顔立ちには面影が残っている。ただ、横にいる男性が替わり、横方向にも立派に成長され、典型的なアメリカのおばちゃんになっていることは、ちょっと複雑な気持ちではある。
 なお、本人を案内し、記録に残していただいていたのは、ケンメリなど旧車のレストアの専門店の方らしいが、まさに感謝しかない。



 さて、美瑛のポプラが映っているバージョンをあちこち探してようやく見つけたのが、ここである。第15作の「地図のない旅」編の3:50あたりにその木が映っている。陣内たけしの事故死のせいだろうか、モデルが交代して、前田(有希)俊彦とテリー・ミラーという人になっていた。不鮮明であるが、後年、美瑛の景色が有名になったので良く知られるようになったのだろう。こちらの現在のケンとメリーの木の写真をみても、多摩川のポプラに勝るとも劣らない存在感である。

 こうしてみると、このCMもずいぶん多くのバージョンがあるものだ。それだけ当時のニッサンスカイラインがよく売れたということだろう。それしても、今このCMを見ても、音楽といい、映像といい、あまり古くささを感じさせない、いやむしろ、今でもあこがれを感じるのはなぜだろうか。このCMを企画・制作した人は後世に残るすばらしい仕事をしたと思う。
 話が多摩川からすっかりそれてしまったので元に戻ろう。       



 是政橋についた。渡しの記念碑がある。是政といういかにも人の名前から来たらしい地名は、この地を開墾した「井田摂津守是政」から来たそうだ。

 22 是政橋を望む                    23 是政渡し跡
   

 美しい是政橋は、大きな柱にワイヤが張られている、いわゆる斜張橋である。4車線のうち下流側の2車線は取り付け道路の整備が遅れていて、まだ使われていないようだ。したがって橋からの写真も上流側だけになってしまった。

 24 是政橋                       25 是政橋から上流を望む
   

 26 是政橋上                     27 南武線多摩川橋梁
   
 是政橋の上流には南武線の橋が架かっている。          



 郷土の森公園についた。ここは、水門に合わせてサイクリングロードが曲がっているのだが、スピードを出した自転車が叫び声を上げながらつっこんできたので、あわてて身をかわす。自転車から投げ出されたおじさんがまだ叫んでいる。幸い、本人も他人にも怪我はないようだ。
 おじさんは、ジョギンググループの人たちに助けれらながら、スピードの出しすぎをたしなめられている。しかし、このサイクリングロードは、あまりにも自転車や人が多すぎる。自転車の速度制限をするべきかもしれない。

 28 是政排水樋水門                   29 大丸用水堰
   
 木々の間から大丸用水堰が見える。               

 30 対岸のクリーンセンター多摩川を望む         31 河畔でのバーベキュー
   

 バーベキューのメッカらしく、場所取りが盛んだ。写真32のようにならないよう、せめて後かたづけはきちんとしてほしいものだ。

 32 バーベキューの跡                   33 郷土の森
   

 34 緑の対岸の丘を望む                  35 読売新聞府中別館
   



 36 緑の河川敷                      37 河畔の疎林
   

 昭和12年には鎌倉街道にも関戸橋が架けられて渡しが無くなった。

 38 関戸橋                        39 中河原渡し跡
   

 40 関戸橋から上流を望む                 41 対岸の聖蹟桜ヶ丘のビル群 その1
   

 対岸の聖蹟桜ヶ丘駅周辺には、高層ビルが建ち並び、その繁栄は対岸のこちらからも明らかである。

 42 京王線多摩川橋梁                   43 対岸の聖蹟桜ヶ丘のビル群 その2
   



 府中四谷橋についた。この大きな橋は、都道20号線である。この橋から見渡す多摩川の景色も、なかなか雄大である。
 ところで、多摩川のような大きな川に架かる長い橋の場合、川の流れがあるところまで橋を渡って写真を撮るのだが、その距離はバカにならない。この橋も全長は500mちかくあるだろう。取り付け道路を入れればもっと長い。そして、困ったことに新しい橋はたいてい4車線であり、上流側と下流側をそれぞれ往復するか、対岸まで渡って反対側を引き返してくる必要があるのだ。地図を見ていただければわかるが、すべての橋でこれをやると、川沿いを歩くのと同じくらいの距離になる。つまり、倍の距離を歩くことになるのである。
 しかし、このあたりの苦労は、すべてを徒歩で綿密に調査するという本サイトのポリシーに関わることなので、手を抜くことはできない。愚痴はこれくらいにして、先に進もう。

 44 府中四谷橋から下流を望む               45 府中四谷橋から見た川面
   

 この橋からみた水の綺麗さは、写真45のとおり、まあまあであるが、色が下水処理水に似て、少し緑がかっているのが気になる。流域の人口と下水処理水の流入水量の割合を考えれば、しかたがないことかもしれない。

 46 府中四谷橋右岸から見た下流側             47 府中四谷橋
   

 写真48では、左右2つの流れが確認できる。ここで、浅川と程久保川が多摩川に合流している。

 48 府中四谷橋から上流を望む               49 北多摩二号水再生センター排水樋門
   

 左岸の下水処理場は一号、二号と順番に名前がついているらしい。
 昼になって暑くなってきた。9月初旬の暑さは、真夏ほどではないにせよ、気温は30℃近くまであがるのでやはり体力を消耗する。河畔に日影はなく、排水門の陰で休む。この水門の前には、写真51のようにコンビニがあるのだが、自分の足や自転車で多摩川を走るたくさんの人たちで大いににぎわっていた。ここを通る人のほとんどが店内に吸い込まれていく感じである。コンビニとしては、絶好のロケーションであるが、売り上げは、季節と天気と曜日に大いに左右されそうだ。

 50 北多摩二号水再生センター排水路             51 排水樋門前のコンビニ
   



 しばらく歩くと、五本松、別名、下堰の松につく。由来は写真52に任せるが、昭和47年に5本あった松は2本に減っているようだ。横には新しい松が植えられていた。
 多摩川の松を久しぶりにみたが、松並木の規模の勝負では、酒匂川の圧倒的な勝ちである。

 52 五本松解説板 


 53 五本松                       54 石田大橋遠望
   

 55 四ッ谷水位観測所                  56 石田大橋
   

 石田大橋は、国道20号線、日野バイパスの一部であり、2003年に開通している。

 57 石田大橋から下流を望む                58 石田大橋から上流を望む
   



 中央高速を過ぎて、河川敷グラウンドを横目に歩いていると、知らないうちに堤防がなくなり、民家の庭先に吸い込まれていく。

 59 中央自動車道多摩川橋梁                60 広がる住宅地
   

 突然右手に写真60のような広々とした明るい住宅地が開けた。
 やっと堤防が消えた理由がわかった。つまり、ここは台地で、多摩川が直接浸食しているらしい。だから、住宅が多摩川の崖まで迫っているのだろう。
 帰ってから調べてみると、武蔵野台地の低位面である立川(青柳)段丘であるらしい。

 61 府中用水                       62 府中用水取入口
   

   63 府中用水取入口解説板
   

 先ほどの用水路は、府中用水という歴史のある水路らしい。
 サイクリングロードを走ってきた自転車やランナーは、この住宅街を抜ける道を必死に走り抜けていく。ちょっと場違いな感じで可笑しい。まあ、そんな自分も他人を笑える立場ではないが.....

 64 住宅街を走る自転車やランナー            65 伊藤単朴の墓解説板
  

 歴史を感じるアイテムがいくつか散在している。残念ながら、私の教養レベルでは、伊藤単朴という人のことは全くわからなかった。
 道標の解説文によると、貝殻坂は、青柳段丘崖であり、昔から貝殻が出土することで名付けられたそうだ。

 66 伊藤単朴の墓                     67 貝殻坂
   


 貝殻坂を下りると、木製の小さな吊り橋があった。       

 68 根川貝殻坂橋 その1                69 根川貝殻坂橋 その2
   

 ここは、立川公園内の根川緑道というらしい。傍らに流れているのが、根川である。

  70 根川緑道 その1                  71 根川緑道 その2
   

 人工的とはいえ、実に心休まる場所である。年輩のご夫婦がベンチに座って仲良くお弁当を食べていたが、その気持ちはよくわかる。対岸には、保育園があるが、園児たちがこの小川で歓声を上げている姿が目に浮かぶようだ。この道がどこまでも続くといいな、と思いながら歩く。

 72 根川緑道 その3                    73 根川 その1
   

 74 根川 その2                     75 根川 その3
   

  76 根川 その4                    77 根川 その5
   

 根川は、桜の名所でもあるようだ。

 78 根川 その6


 美しい根川緑道を楽しんだのもつかの間、写真79のようにトンネルから流れ出る根川に別れを告げて、多摩川に復帰すべく、日野橋に向かう。

 79 根川 その7                      80 日野橋観測所
   



 81 日野橋から下流の傍流を望む              82 日野橋から下流の本流を望む
   

 このあたりは、多摩川中流といってもいいだろうが、まだまだ河川敷は広く、水量もかなりある。たとえ下水処理水の割合がかなりあるとしても.....

 83 日野橋から上流を望む                 84 日野橋
   

 錦町下水処理場の敷地を利用したフットサルコートがあり、若者がボールをこねくり回している。正面には、2層になった立日橋が見える。モノレールがゆっくりと移動していた。

 85 立日橋と多摩モノレール                86 フットサルコート
   
 下水処理水の放流口を過ぎると立日橋である。        

 87 錦町排水樋管                     88 立日橋上 
   

 正確にいうと、この橋は残堀川と多摩川の両方に架かっており、橋の上から合流点がよく見える。

 89 立日橋から下流の残堀川合流地点を望む         90 立日橋から多摩川本流下流を望む
   

 91 立日橋とモノレール                  92 立日橋から残堀川上流を望む
   

 残堀川は賑やかである。たくさんの子供たちとその親たちが、手に手に網を持って川をかき回していた。なんとか自然教室というイベントらしい。

 93 立日橋から上流を望む                 94 残堀遊歩橋から上流を望む 
   



 95 残堀川解説板



 96 残堀川遊歩橋から上流を望む              97 東京都還暦軟式野球連盟大会
   

 午前中には別のグラウンドでも開催されていたが、ここでも還暦野球連盟の大会が開かれていた。ちなみに、私は年齢的にこの大会に出る資格はない!(キッパリ)。 まあ、その前に東京都民ではないから、ダメであるが....
 写真を撮っていると、見物のおじさんが、背番号8番は元プロ野球選手だと教えてくれた。どの選手かわからなかったが、元西武の高橋直樹だという。この人の成績を見てみると、ものすごい選手だ。アンダースローのピッチャーとして、甲子園出場後、早稲田大学、日本鋼管を経てプロとして東映(日ハム)に入団、広島、西武、巨人と移籍し、20勝、最多無四球試合、勝率一位、パ・リーグMVPなど数々のすごい実績を残している人である。大沢監督と古葉監督との間であの江夏投手とトレードされたという偉大な選手だ。そういえば、子供の頃に何度と無くその名前を耳にしているような気がする。昭和20年生まれだから、還暦過ぎとはいえまだまだ若い。アマチュアの野球大会にこんな人が出てきたら、反則である。「東京都還暦野球大会」恐るべしである。
 唐突だが、あの伝説の剛球投手、村田兆治の生年月日を調べてみると、1949年11月27日であった。つまり、もうすぐ還暦である。未だにストレートが140kmを越えるという村田選手が、もし、この大会に出てきたら、誰も打てないだろう。
 それにしても、還暦といえば昔は立派な老人の仲間入りであったが、寿命が延びると社会も変わるものだ。
 話が多摩川からすっかり脱線してしまったが、脱線してもらっては困るのが、かなりの年代物の鉄橋で多摩川を超える中央本線である。

 98 中央本線多摩川橋梁                 99 河畔に立つ大規模マンション
   

 このマンションからの多摩川の眺めは最高だろう。



 読売新聞の次は日経新聞である。新聞社は多摩川縁が好きなようだ。

 100 日本経済新聞社立川別館            101 多摩川大橋下流の堆積岩露出帯 その1
   

 さて、多摩川大橋が近づいてくると、現れてくるのが、海底の堆積物が固まってできた泥岩や砂岩が河床に露出することにより形成されたこの景観である。

 102 多摩川大橋下流の堆積岩露出帯 その2     103 多摩川大橋下流の堆積岩露出帯 その3
   

 104 多摩川大橋下流の堆積岩露出帯 その4     105 多摩川大橋下流の堆積岩露出帯 その5
   

 川そのものの景色としては、今日のハイライトといえるだろう。川が岩を削ってできた風景は、なかなかワイルドである。この奇景は、多摩川八景にも選ばれている。

 106 多摩川大橋下流の堆積岩露出帯 その6     107 多摩川大橋下流の堆積岩露出帯 その7
   

 108 多摩川大橋下流の堆積岩露出帯 その8

 109 多摩川大橋下流の堆積岩露出帯 その10    110 八王子水再生センターからの放流水路
   

 そんなすばらしい景色の中で、写真110のように対岸から流れ込んでくる川があった。かなりの水量である。後で地図を調べてみたら、これも下水道処理水であった。
 大きなアーチが印象的な多摩大橋の下流では、3人の親子がカヌーで、過ぎ去る夏を惜しむように遊んでいた。

 111 カヌー遊びの親子                 112 多摩大橋 
   



 113 多摩大橋から見たくじら運動公園           114 多摩大橋から下流を望む
   

 多摩大橋の上から、川で泳ぐ3人の女の子をみつけた。近くに保護者らしき人はいない。多摩川の本流でかなり流れが早そうだ。川の深さはわからないが、事故が起きなければよいと願う。

 115 多摩大橋から上流を望む               116 多摩川で泳ぐ女の子たち
   

 117 多摩大橋上流右岸側の森               118 多摩大橋上
   

 今日の目的地はこの多摩大橋と考えていたが、順調に到着した。ただし、夏場に歩かなかったせいか、足、特に膝が限界である。途中でコンビニによって水分を補給しながら、八高線の小宮駅に向かう。ちょうど上り電車が発車したところで、暑いホームで30分待つことになった。

 119 八王子水再生センター                120 八高線小宮駅
   

 多摩川中流域の左岸側を歩いたが、サイクリングロードが整備されており、暑いことを除けば、快適な川歩きを楽しむことができた。今日はひたすら川沿いを歩いたが、聖蹟桜ヶ丘など都会、あるいは武蔵野の自然や史跡と組み合わせるのも悪くなさそうだ。
 この区間の見所は、広い緑の河川敷にどこまでも続くサイクリングロード、根川緑道、そして多摩川大橋下流の奇岩風景だろう。暑さで体力は消耗したが、楽しい一日であった。

 一方で、下水処理場の多さを改めて感じた。多摩川中流の水量のかなりの割合が、下水処理水で占められていることが実感できた。

          本日の踏破区間(赤線)         

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