多 摩 川 探 訪
山梨県と埼玉県の県境、奥秩父の山中から流れ出て、奥多摩湖を経て、多摩地区を流れ、神奈川県と東京都の境界を下り、羽田と川崎の埋め立て地で東京湾に注ぐ大河
◆
第3+7日目 (2009年10月24日)
一之瀬高原
(甲州市)〜
源流(水干)
〜
新地平(広瀬湖)
前日は早く寝たため、4時半に目が覚めるが、おばあさんを起こしてもいけないので、部屋でじっとしている。6時になり、もういいだろうとテレビをつけると、前日の晴れの天気予報が、なんと曇りに変わっていた。気象庁は肝心なときに、一晩で前言を翻したようだ。けしからんと思いつつ、朝食を食べ、前日に頼んでおいたお弁当をもって民宿を出発する。時間は7時過ぎ、天気は予報どおり曇りだ。ご主人も後で、笠取小屋に登るそうだ。週末でお客さんが泊まるらしい。忙しそうである。順調に行けば、今日はいよいよ、多摩川遡行の最終日である。果たして、源流の最初の一滴まで無事にたどり着くのだろうか。
本日の気象衛星写真 (日本気象協会 tenki.jp)
幸い、前日の疲れはとりあえず感じない。集落を抜けると一之瀬橋である。橋は渡らずに、そのまま一之瀬川の左岸の坂を登っていく。
1 一ノ瀬集落 2 集落から一之瀬橋を望む
多摩川本流とはいうものの、一之瀬高原で合流する数本の川のひとつに過ぎない一之瀬川は、もはや沢といっても良いほどの流れになっている。
3 一之瀬橋から下流を望む 4 一之瀬橋から上流を望む
5 一之瀬集落はずれの橋 6 5の橋から上流を望む
7 5の橋から上流を望む 8 集落上端の紅葉
美しい紅葉に囲まれた、最後の人家を過ぎるといよいよ森の中に入っていき、完全な登山道になる。
9 作場平への道 その1 10 作場平への道 その2
11 作場平への道 その3 12 11の橋から下流を望む
13 11の橋から上流を望む 14 作場平への道 その4
一之瀬川は、周囲の自然林と調和して、ますますワイルドな感じだ。そして、前方にログハウス風の建物が見えてきた。
15 作場平への道 その5 16 作場平への道 その6
作場平である。駐車スペースがかなりあるが、早朝にもかかわらず結構車が止まっていた。笠取山への登山は、ここまで車で来て出発するのが普通になっている。
17 作場平 18 作場平橋から下流を望む
広い登山道を歩き始めると、いきなりのクマ注意の看板であるが、数人の登山客の姿を見かけたのでとりあえずは大丈夫だろう。
19 作場平橋から上流を望む 20 クマ出没の注意喚起
21 苔むした岩 22 一之瀬川
登山道は一之瀬川の左岸を行くが、支流が流れ込んでおり、木橋でわたる。2本目の木橋で渡るのは、本流の一之瀬川である。
23 ノミセギ沢 24 一之瀬川を渡る橋から下流を望む
ここで、一之瀬川はヤブ沢と合流しているが、一之瀬川沿いにさかのぼれる登山道はなく、本流とはしばらくのお別れとなる。道は、ヤブ沢沿いに続いている。
25 一之瀬橋を渡る橋から上流を望む 26 ヤブ沢分岐
写真26の地点で道が分岐している。右へ行くと急な一休坂、左はなだらかなヤブ沢峠への道である。ここは、迷わず左のコースをとることにする。
27 ヤブ沢峠への道 28 ヤブ沢の紅葉 その1
ヤブ沢は、幸い杉や檜の人工林ではなく、木々が美しく紅葉している。
29 ヤブ沢 30 ヤブ沢を渡る橋
31 一休坂への道分岐 32 ヤブ沢峠への木道
33 ヤブ沢の紅葉 その2 34 ヤブ沢への湧水
最後に少し坂があったが、いつの間にかヤブ沢峠に着く。とはいっても、前日の疲労が、上り坂で少し効いてきたようで、時々休みながら登った。標高は1700m弱である。一之瀬の集落が1200mなので、約500m登ったことになる。
35 ヤブ沢峠 36 ヤブ沢峠から山梨市側を望む
ヤブ沢峠から、笠取小屋方面は、車も通れそうな立派な道がついていた。
37 笠取小屋への道 その1 38 苔むしたカラ沢
林道を行く。かなりの高度があるような雰囲気だ。ここで、携帯電話が鳴る。見通しがよく、電波が届く場所になったので、着信したらしい。そういえば一ノ瀬では、auの電波は届かないのであった。
39 笠取小屋への道 その2 40 笠取小屋前の道標
そして、ついに笠取小屋についた。小屋の前はきれいなベンチのある最高の休憩場所になっている。小屋からは写真42のように煙が立ち昇っている。もう、ご主人が登ってきているようだ。
41 笠取小屋の倉庫? 42 笠取小屋
小屋前の広場からは、南東方面にすばらしい視界が開けている。写真43の正面の低い山は、たぶん藤尾山(1606m)、右手の手前が金山のあった黒川山(1710m)で、その背後にある高い山が大菩薩嶺(2056m)だ....と思う。左手の丹波山村方面には雲海が広がっている。
43 笠取小屋前広場から見る大菩薩嶺方面
小屋の前には、民宿でみた小屋のご主人の軽トラックがあったので、小屋に入る。一晩お世話になったご主人との再会である。といっても数時間前の話だが。
小屋は新しく、入るとすぐに立派なストーブが出迎えてくれる。特注品だそうだ。
44 笠取小屋前広場 45 笠取小屋のストーブ
ご主人がコーヒーを入れてくれて、少し話をする。壁には、来訪者の写真がはってあった。去年、皇太子も来られたらしく、記念写真がある。たぶん、
このとき
だろう。ヘリの写真は、山岳救助関係らしい。そういえば、民宿には警察署長の賞状がたくさん掲げてあった。ご主人は、夕べ泊めてもらった一ノ瀬の家で育ち、今は塩山にお住まいだそうだ。ここと塩山と一ノ瀬の3箇所を忙しく動き回られているらしい。車がないと無理だろうが、この林道はどこから登ってくるのか、聞くのを忘れてしまった。
できれば、この居心地と眺めの良い場所で半日くらいゆっくりしていきたかったが、時間の関係で先を急ぐことにする。コーヒー代を払おうとしたら、民宿のお客さんはサービスだよと笑っておられた。
46 小屋の記念写真 47 笠取小屋を後にする
48 丸太の道 49 尾根の草原
小屋から先は、気持ちの良い開けた草原が続いている。道もなだらかで、楽勝である。これで、天気がよければ最高だろう。
50 笠取山を望む 51 小さな分水嶺
小さな分水嶺という小ピークに着いた。文字通りの意味であるが、写真53の解説のとおり、2方向ではなく、3方向の分水嶺であるのが面白い。
52 分水嶺石標 53 分水嶺解説板
分水嶺から3方向の写真を撮ってみた。富士川方面、草原の向こうに見える山は黒金山か乾徳山だろうか。多摩川側は、鬱蒼とした水源涵養林になっている。荒川側は峠状の地形になっている。
54 富士川側 55 多摩川側
雨が降った位置のここでの数センチの違いが、最後にどのようになるのか地図で見てみよう。それぞれの川の河口の場所をチェックしてみた。(それぞれクリック)
富士川
多摩川
荒川
えらい違いである。多摩川と荒川は、最終的には同じ東京湾に注いでいるが、荒川は埼玉県を流れて、大変な遠回りをするようだ。富士川にいたっては、山梨県と静岡県を流れて、駿河湾である。直線距離でも100kmは離れているだろう。どちらにしても、神奈川県には一滴も流れないということだ。
56 荒川側 57 分水嶺から水干への分岐
いよいよ、案内板に水干の文字が現れた。目的地は近い。
58 水干への道 その1 59 植林
多摩川源流域は、植林によって水源林が復活したことがここでも強調されている。森の手入れはかまわないが、人工林から自然林への変遷を妨げることのないように、生態系を考慮した長期的な計画をお願いしたいものだ。素人考えだが、自然林のほうが管理の手間がかからなくて良いと思うのだが....
本来の植生であるブナ林を再生するという試みは、そろそろ技術的に可能にならないものだろうか。
60 笠取山西分岐 61 明治時代の視察解説板
正面に、おにぎりのような形をした笠取山が現れる。わかりやすい真っ直ぐな登山道が見えるが、水源はこの山の南斜面にあるので、そちらに回り込む右手の道を行く。
62 笠取山
水干と水場の分岐点に着く。事前調査によると、水干には湧水はないことが多く、実際には下の水場から川が始まるらしいので、右の道を降りていく。途中で水干沢を見上げるが、水は流れていないようだ。
63 水場口分岐 64 水干沢を見上げる
源流の湧水地点といわれる場所に着いた。それらしい大きな岩があり、その下から湧き出しているかと思ったが、そうではないようだ。実際は、その下、写真66の地点から水がじんわりとしみ出てていた。
65 源流の岩 66 水干沢の多摩川源流地点
写真66地点の拡大が67である。落ち葉の間の砂地から滲みだす水が光っているのがわかると思う。このカメラは、手ぶれ防止機能がついていないので、感動のあまり手が震えてピンボケにならないよう慎重にシャッターを押した。
2009年 10月24日 10時43分 ついに多摩川源流に到達である。
最初の一滴をこの目で見ることができた。この下流では、すぐに立派な沢となって、写真68のごとく水はまっしぐらに下っていく。
67 源流地点湧水拡大 68 湧水地点から水干沢下流を望む
結構有名な場所らしく、写真69のように同じ行動をとる人がいた。その人に頼んで、源流到達の記念写真を撮ってもらう。いい年をした親父のくせに、なぜかにやけているのは、純粋な感動に浸っているから...ということにしていただきたい。
さて、実は、写真70で筆者が立っている石の下を、多摩川が流れているのである。湧水地点はちょうど背中の辺りで、この石は、多摩川を跨ぐ最初の橋と言えなくもない。ここに、この石を「多摩川源流橋」と名づけることにした。もし、ここを訪れる人がいたら、この多摩川源流橋に立って記念撮影をすると良いだろう。
とえらそうに書いたが、よく考えたら、どこで写真を撮ろうが、そんなことは大きなお世話である。
69 源流をカメラで撮る人 70 最初の多摩川を跨いで記念写真
沢を見上げる。水干を経て笠取山に続いていると思われる沢である。もちろん、一定以上の雨が降れば、写真71の沢を水が流れるのだろう。
71 源流地点から水干沢を見上げる
急坂を登り、水干への道に戻る。休憩のベンチを過ぎると「水干」である。標識には、「多摩川の源頭、東京湾まで138km」と書いてある。これほどわかりやすい源流は初めてである。
72 水干への道に戻る 73 水干
74 水干解説板
このあたりで水がいったんしみ出ていることがあるらしいが、確認できなかった。
75 水干の岩穴 76 水干から見下ろす源流
写真76の沢を見下ろす。ここから長い多摩川の旅が始まると思うと、感慨深いものがある。138kmの道のりを、重力に逆らってまで、よくぞここまで登ってきたものである。
77 東側から水干を振り返る 78 水神社の銘
ここ、水干からの眺望は曇っているにもかかわらず、なかなかのものがある。折り重なった山々の向こうに水墨画のように悠然と佇む富士山は心を捉えるものがある。天気がよければ、もっとすばらしい景色なのだろうか。
79 水干から南の眺望 80 水干から見る富士山
それにしても、多摩川はこんな山奥から、東京湾まで、本当に変化に富んだ姿を見せてくれた。水道水源として重要なだけでなく、すばらしい自然の命の源になっているのが良くわかる。中流域にこれほど多くの人が住み、スポーツや身近な憩いの場所となっている川の利用価値も、国内随一といえるだろう。
ここに、徒歩による多摩川探訪は、その長い旅を終えて、幕を閉じた。肉体は疲れたが、精神的には充実感でいっぱいである。それにしても、奇しくも
相模川の時
と同じく、源流にたどり着いた筆者を見守ってくれていたのが、富士山であったとは、思いもよらぬことであった。
一応、ここで区切りとなるが、この後の行程もなかなか楽しいものがあったので、エピローグとして書かせていただく。もし、興味があれば引き続きお読みいただきたい。
81 唐松尾山方面へ 82 笠取山への道
時間も体力も余裕があったので、水干を過ぎて、水源の上にある笠取山に向かう。やはり、あの姿を見てしまうとダメである。今登っておかないと、二度と登れない気がする。後悔はしたくない。
が、山頂までの道は、意外と急で狭い。
83 急坂 84 笠取山東のピーク
あえぎあえぎ登って、山頂かと思ったら、東側の狭いピークであった。眺めは良いが、切り立った崖に囲まれ、狭くて居心地が良くない。
85 84地点からの展望 86 84から笠取山頂への道
やせた尾根を這い登ると、やっと山頂らしきものが見えた。
87 山頂直下 88 笠取山山頂
山頂は狭いが、環境省の標識があった。標高は1953mである。多摩川の源流から河口までの落差は1800m以上あることになる。しかし、人が誰もいないのはどうしたことだろうか。途中で登山者を結構見かけたのに。
89 山頂標識 90 主図根点?
山頂から見る、南側の眺望はすばらしい。
91 山頂からの眺望
人がいないのをいいことに、登頂の記念写真をセルフタイマーで撮ったりして、しばらく時間をすごす。すぐ近くで、人の声は聞こえるのだが、なぜか山頂に人は来ない。
92 山頂での記念撮影 93 山頂近くの岩場
急坂を降りていくと、先ほどの疑問が氷解した。ここにも、山頂の碑があり、人がたくさんいるのである。こちら側がメインの登山道なので、ここが山頂だと思う人が多いのだろう。こちらのほうが眺望がよく、明るく開けている。もちろん、環境省が立てた標識のある先ほどの場所が正式な山頂なので、ここまできても登頂したことにならないと言ったら、怒る人が多いかもしれない。
94 もうひとつの山頂 95 偽?の山頂標識
96 95からの展望 97 分水嶺方面
上から見ると、登山者が急坂に苦しみながら登ってくるのが手に取るようにわかる。山頂に近づくにしたがって角度が急になるので、きつい。降りるときも、小石の上に乗って何度も滑りそうになる。
98 南西からの急な登山道 99 山頂を見上げる
水干への分岐点まで降りて、その先の草原の中の道を右に行くと、まもなく雁峠に着く。
100 山頂を振り返る 101 雁峠を望む
雁峠の小屋はかなり古びていて、現在使われているのかどうか怪しい。
102 雁峠小屋 103 雁峠の草原
この峠は、広々としてなかなか雰囲気がいい。植林をしないと、植生はこんな草原のままになってしまうのかもしれない。
104 雁峠 105 雁峠から新地平方面を望む
この峠を直進すると、いくつかの山を越えて
雁坂峠
や
甲武信ヶ岳
に至るらしいが、もちろん、左折して、予定どおり
広瀬湖
方面に抜けることにする。ここから最も近いバスの通る道である。
峠の直下には、富士川水系の広川の水源となる湧水がいくつか見られるが、その一部は、写真106のように野生動物が使っているようだ。
沼田(ヌタ)場
である。しっかりとした足跡があったが、素人なので
ここ
を見てもシカかイノシシかよくわからない。たぶん前者だと思うが。
106 ヌタ場 107 動物の足跡
写真108のように、人の水場もある。
108 水場 109 きれいな道標
シカだけでなく、もちろんクマもいる。他に人がいないので、クマよけに鼻歌を歌ったり、「はっ!」などと、気合を入れて掛け声を発しながら歩いていたら、こういうときに限って、前方から人が来た。聞かれたかと思い、思わず顔を伏せる。
110 広川源流 111 クマ注意の看板
この川沿いも紅葉が美しい。
112 広川の紅葉 その1 113 広川の紅葉 その2
やがて、登山道は、車が通れそうな未舗装の林道になるが、ところどころ崩壊しており、歩行者だけの道になっているようだ。何回か川を渡るスリルが良い。
114 広川 その1 115 広川 その2
道は広く、なだらかで、ハイキング気分で歩いていると、突然動物の鳴き声がした。シカが警戒しているらしい。その後、2度ほどシカの姿を見ることができた。
写真116のところでは、アカデミー賞の授賞式よりも豪華な、期間限定のレッドカーペットの上を歩くことができた。
116 紅葉のじゅうたん
117 広川 その3
長い林道歩きであったが、未舗装であったのと、紅葉やシカが目を楽しませてくれたおかげで、快適な帰り道となった。
118 広川 その4 119 広川 その5
ゲートを過ぎると、舗装路となり、いよいよ人里が近くなってくる。
120 亀田林業林道入り口 121 広瀬湖と紅葉の山
3時頃に、広瀬湖のほとりにある集落に着く。新地平というバス停がある。塩山行きのバスに乗るつもりでいたが、笠取小屋のご主人は、山梨市行きのバスのほうが便利だといっていた。時刻表を見るとそのとおりであった。
122 新地平の登山案内図
山梨市駅に着くと、すぐに新宿行きの特急が来ることがわかったが、構内には騒々しい中高年登山グループが大勢いる。特急料金がもったいないから次の列車には乗らないと言っているのだが、できれば他のお客さんの迷惑にならないよう、改札口を空けて欲しいものだ。急いで切符とワインを買って、ようやくのことで16時20分発の「かいじ118号」に乗り込んだ。
実は、朝食のときに、たくさんご飯を食べるように言われたので、昼はお腹が空かなかったのである。民宿のおばあさんが作ってくれた特大のおにぎり3個は、駅で買ったワインと車内で買った日本酒のつまみとして、夕方の特急列車の中で胃袋に消えていった。列車は新宿を目指して快適にひた走るが、その窓の外の景色を眺めながら、困難だった多摩川の旅を振り返る。肉体の疲労と軽い酔いも手伝って、心が満たされる、旅の終わりの至上のひとときだった。
123 山梨市駅 124 特急かいじ
特急列車は、6時前に大都会のターミナルのホームに滑り込んだ。
125 新宿までの旅のチケット 126 都会に戻る
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