相模国と武蔵国の国境を行く 4     
◆ 2014年9月23日  港南台駅 〜 金沢八景駅  

 相模・武蔵国境のおそらく最終日となるであろう4日目である。事前の地図上の調査によると今日は、本来の自然の尾根道が続き、地形的にも最も厳しいことが予想される。そして、最後に横須賀市との境界線で、分水嶺を離れて東京湾に至る尾根があるはずだ。そこは果たしてどんな景色があるのか、最後に海に落ちていく国境はどうなっているのか、興味は尽きない。



 8時37分、最後の国境放浪の旅の起点になるかもしれない港南台駅に降り立つ。駅から西に向かうが、根岸線はトンネルになって地上からは見えない。が、このトンネルこそが根岸線が国境の分水嶺を横断している証拠である。

  1 港南台駅                     2 山手学院へ その1
   

 一方国境は、今でも住宅地をぬう細い路地となって残っていた。



  3 山手学院へ その2                4 山手学院へ その3
   

 国境はそのまま東に向かって、山手学院へ至るので、とりあえずその学校を目標に進んでいく。栄区の区境標識がある。もちろん反対側は港南区である。

  5 山手学院へ その4                6 山手学院へ その5
   

 左手に緑の尾根が見えるが残念ながら学校の敷地になっているようで、立ち入りはできない。

  7 山手学院へ その6                8 山手学院へ その7
   



  9 国境の尾根                    10 マンション敷地へ
   

 そのまま進んでいくと写真10の公園のようなところに出た。大きなマンションがある。そこには、高校の敷地から続いている尾根の末端、写真11があった。

  11 尾根緑地の末端                 12 山手学院へ その8
   

 国境の道を行くと、右手に緑の高まりがあった。山手学院のすぐ西側に標識83mの三角点があるはずだ。登ってみよう。残念ながら写真14のように雑草とフェンスに阻まれてしまい、三角点は確認できなかったが、間違いなく分水嶺である。

  13 83m三角点へ                  14 三角点手前
   

 もどると、プールがあり、山手学院の生徒たちの歓声が響いていた。山手学院は国境の南側、つまり相模国である。

  15 山手学院プール                 16 円海山へ その1
   



 山手学院を迂回して、写真18の大きな通りから再び右折する。

  17 円海山へ その2                18 円海山へ その3
   

  19 円海山へ その4                20 円海山へ その5
   

 住宅地の右手にわずかに緑の尾根が残されている。道は写真21で左折させられてしまった。

  21 住宅地からみる国境尾根             22 公園から見る尾根緑地
   

 写真23の大きなマンションは国境のすぐ北側斜面、武蔵国側に建っている。

  23 大規模マンション                24 マンションから国境尾根を遠望する
   



 国境は写真25の港南台から栄区へ抜ける大きな道路で分断され、その上にもマンションが建っていた。

  25 分水嶺の断面と上に出来たマンション       26 港南消防署港南台消防出張所
   

 消防署の手前を右折すると、円海山登山口である。ハイキングの格好をした人がちらほらいて、地図を見ている。ここから国境尾根に復帰してハイキングコースをたどることになる。

  27 円海山登山口                  28 円海山へ その4
   

 まず円海山に向かう。山と言っても標高153mで、それほど高い山ではないので急斜面というわけでもなく、右手の景色を楽しみながらのんびりと登っていく。円海山といえば、以前、東京湾に流れていく大岡川の源流を探索したことを思い出した。

  29 円海山へ その5                30 円海山・国境尾根遠望
   

 このハイキングコースも、元々は国境尾根の古道だったに違いない。このあたりで左手の武蔵国側の行政区が港南区から磯子区に変わる。長い国境を区の真ん中に通してくれていた、港南区に別れを告げよう。

  31 瀬上池への分岐                 32 円海山へ その6
   



  33 いっしんどう広場 その1            34 いっしんどう広場 その2
   

 10時30分、いっしんどう広場に着いた。先ほど円海山を目指すと書いたが、正確に言うとここから円海山への道と国境尾根は分岐するので、円海山山頂には寄らないことになる。山頂はここから数百メートルである。一方、国境尾根は、ここからやや下りになっていた。

  35 いっしんどう広場から国境を南へ         36 国境から西を望む
   

  37 梅沢山休憩所へ その1
     

 国境尾根のなだらかな道を気持ちよく歩いていると、国境の標識があり、鉄の道としての由来が記されていた。

  38 国境解説板
  

  39 梅沢山休憩所へ その2             40 梅沢山休憩所へ その3
   



 境界の杭が邪魔である。

  41 区境の杭                    42 梅沢山休憩所へ その4
   

  43 梅沢山休憩所へ その5             44 梅沢山休憩所
   

 梅沢山に到着し、今日はじめての休憩をとる。携帯食のアーモンドチョコレートが旨い。ふたたび歴史の有りそうな雰囲気の道を歩きはじめる。次の目的地は、横浜市で一番高い山、大丸山である。

  45 大丸山へ その1                46 大丸山へ その2
   

 写真45のあたりで、武蔵国側が磯子区から金沢区に変わる。



 今回のシリーズで歩く国境の古道の中でも、最高レベルの緑と快適さにずんずん進んでいく。尾根道なので、頻繁に地図を確認する必要もない。が、ちょっと気を抜きすぎたようで、写真47の分岐を直進してしまい、しばらく気がつかなかった。GPSで尾根を武蔵国側に外してしまったことに気がついた。このまま行くと金沢自然公園に出てしまう。

  47 大丸山へ その3                48 大丸山へ その4
   

 写真50、つまり写真47の分岐まで戻って、右の道に入り直す。

  49 大丸山へ その5                50 大丸山へ その6
   

 それにしても、自然の尾根地形の割にはずいぶん平らな道である。

  51 大丸山へ その7                52 大丸山へ その8
   



 緑濃いこの国境尾根も眼下には両側から住宅などが迫っていて、地図でみると細長く緑地が残されているだけであるが、まあ、国境が残っていただけでも良しとしなければならないだろう。

  53 栄区側の住宅地                 54 庄戸方面からの道合流地点
   

 大きな看板があり、階段の道が続いている。大丸山への登山道である。

  55 大丸山への分岐                 56 大丸山への階段
   

 57 大丸山頂から野島方面を望む

 11時25分、標高156.8mの大丸山山頂に到着した。横浜市で一番高い山である。しかし、一番高い場所ではない。一番高い場所は、標高159.4mの鎌倉アルプスの天園である。第3位は、先ほどすぐ側を通った円海山、153.3mだ。
 山頂から南東を見ると、国境線がこれから行き着く先である野島が正面にくっきりと浮かんでいた。

  58 大丸山頂                    59 自然観察の森方面分岐
   



  60 関谷奥見晴台へ その1             61 関谷奥見晴台 その2
   

 関谷奥見晴台という分岐があったので行ってみるが、見晴らし台というほど景色が良いわけでもない。大丸山の方がずっと綺麗である。なぜかカメラマンがたくさんいたのは鳥でも狙っているのか。

  62 関谷奥見晴台                  63 関谷奥見晴台から東を望む
   

  64 市境広場へ                   65 市境広場
   

 そして、11時53分、港南台から続く緑の国境尾根道の最終地点についた。市境広場である。地形的にはここから先も尾根は続いており、写真65でもさらに先に伸びる道が見える。しかし、その尾根は国境ではないのである。
 下の図をみていただければわかるが、この先の尾根は、横浜市金沢区と鎌倉市との市境になる。が、国境は黄色の線で示したとおり、尾根を東に外れて横浜市側に大きくせり出しているのである。



 なぜ、これまでほぼ忠実に分水嶺をたどっていた国境が尾根を東に外れたのだろうか。なぞである。が、とにかく国境は東にズレているので市境広場を左折した。

  66 東朝比奈へ その1               67 東朝比奈へ その2
   

 国境はおそらく東へ派生している尾根にそっていたと思われるが、現在は朝比奈インターにより地形が完全に破壊されている。

  68 東朝比奈へ その3               69 横浜横須賀道路朝比奈インター付近
   

  70 東朝比奈へ その4               71 朝比奈インター東側
   



 道路により地形が変わってはいるが、それでも国境があったらしい尾根に階段がついていたので一応登って行くと、関東学院大学の建物らしいものが建っており、その横に踏み跡が続いていた。

  72 東朝比奈へ その5               73 関東学院大学の横を入る
   

 大学の敷地の間を抜けると、やがて昔のままらしい道になった。位置的にも間違いなさそうだ。国境の古道である。尾根から外れただけに、国境沿いの古道は無いかもしれないと思っていただけにこの発見は嬉しかった。やはり実際に歩いてみることは大切である。

  74 東朝比奈へ その6               75 東朝比奈へ その7
   

  76 東朝比奈へ その8               77 東朝比奈へ その9
   



  78 高舟台住宅地                  79 東朝比奈へ その10
   

 やがて、道は国境が六浦道(金沢街道)と交差する大道へ向かって降りて行く。途中からコンクリート舗装になり。人家が近いことがわかる。

  80 東朝比奈へ その11              81 環状4号線へ出る
   

 六浦道、現在の環状4号線にでた。ここには、鼻欠地蔵がある。

  82 環状4号線大道付近               82−2 鼻欠地蔵
(横浜金沢観光協会HPより)
   

 解説板の前がすぐ交通量の多い道路で、とても写真に撮りにくい位置にあるので、四苦八苦しているうちに、肝心のお地蔵さんの写真を撮るのを忘れてしまった。

   83 鼻欠地蔵解説板
  

 解説板にもここが国境であることが記されている。が、国境がなぜ分水嶺から外れているのかはこの解説文からはわからない。検索してみるが、はっきりした理由はわかっていないようだ。
 分水嶺と国境に挟まれた地域は、峠村といわれていた。つまり、峠村がなぜ相模国に属しているのかということである。ひとつだけ、歴史の専門家ではないものの、ブログに記載があった。要約すると、江戸時代に峠村が成立し、鎌倉との関係が深かったので、相模国に属した、というものである。
 普通に考えれば、峠村が有名な朝比奈切通しのすぐ東にあるので鎌倉郡に属したということがすぐに思いつくが、切通しが出来たのは鎌倉時代で、奈良〜平安時代の国境が分水嶺でない理由にはならない。千年以上も存在した国境なので、そもそもずっと変わらなかったのかどうか、あるいは検地も行われていない時代に、人の住んでいない場所で国境線というものが認識されていたのかどうかさえ怪しいものである。なにしろ正確な地図さえなかったのだから。
 ただ、今回、国境に沿った古道があったらしいことは確認できたので、道に合わせて国境を引いた可能性もあるかもしれない。



  84 東朝比奈の国境 その1              85 東朝比奈の国境 その2
   

 環状4号線を渡って、旧国境は再び分水嶺に向かうが、ここ東朝比奈は開発によって地形が破壊されており、尾根はわかりにくく、国境に沿った道もない。とりあえず、国境は横浜横須賀道路のトンネルの上から朝比奈小学校に向かっているので、それらを目標に歩いて行く。

  86東朝比奈の国境 その3              87 東朝比奈の国境 その4
   

  88 横浜横須賀道路上の国境を望む          89 朝比奈小学校
   



 小学校を過ぎて、東朝比奈2丁目の住宅地の南西端から分水嶺の尾根に向かって国境は続いているが、「これだけ開発が進むともう道は残っていないだろうな」と思って、山と住宅を隔てる現地のフェンスの隙間を覗くと、予想に反してそれはあった。

  90 東朝比奈住宅地南西端              91 鎌倉・逗子・金沢区市境へ その1
   

 写真91である。ものすごい急斜面であるが確かに道がついている。さっそく斜面に取り付いてよじ登る。

  92 鎌倉・逗子・金沢区市境へ その2        93 鎌倉・逗子・金沢区市境へ その3
   

 鉄塔にでるとなんと人がいた。トレランの集団である。今登ってきた国境の道はメジャーではなく、別の道から来たらしい。こんなところで人に会うとは思わなかった。
 運よく道があったので、次の目的地である、横浜市と鎌倉市・逗子市の市境分岐点を目指す。左側には、フェンスが張られ米軍基地に付き立入禁止の看板がある。米軍池子住宅である。

 94 鎌倉・逗子・金沢区市境へ その4         95 鎌倉・逗子・金沢区市境へ その5
   



  96 朝比奈切通し方面分岐               97 鎌倉・逗子・金沢区市境付近
   

 朝比奈切通し方面への分岐があった。トレランの人たちはこの道を走っていったので鎌倉方面へ抜けるのかもしれない。分岐をさらに西へたどる。あわよくば、米軍池子住宅内に道がないかと期待したが、GPSはそのまま逗子ハイランド方面へ抜ける尾根道を指しているので、米軍池子住宅内の国境、すなわち横浜・逗子市境をたどるのは無理なようである。

  98 海軍の杭                    99 池子トンネルへ その1
   

 予想はしていたが、池子トンネルまで、壮大な迂回をすることになる。

  100 池子トンネルへ その2            101 池子トンネルへ その3
   

  102 池子トンネルへ その4            103 池子トンネルへ その5
   



  104 東京湾を望む                 105 三信住宅入口
   

  106 横浜横須賀道路                107 京浜急行逗子線と池子の国境尾根
   

 逗子と六浦を結ぶ道と京浜急行線の向こうには、小高い緑の国境の尾根が見えるが、あそこを歩けるようになる日は、私が生きている間はこないだろう。
 池子トンネルについた。この上が国境であるが、墓地になっており、立ち入ることができない。唯一のアプローチはトンネルの向こうの逗子側にある道である。

  108 池子トンネル                 109 逗子市側からのアプローチ
   



 しかし、その道は逗子のゴミ焼却場に続く道で、残念ながら尾根へ登るには焼却場の中に入らなければ無理なようだ。道路から国境を眺めるだけにする。

  110 逗子市清掃工場                111 清掃工場上の国境
   

  112 池子トンネル逗子市側入口           113 六浦台 その1
   

 池子トンネル付近からのアプローチは諦めて、国境北側、つまり武蔵国・横浜市側に広がる、六浦住宅地まで迂回することにする。国境近くまで住宅地が出来ているようだ。
 残念ながら、横浜・逗子・横須賀市境はこの目でみることはできなかった。国境は、この市境から相模湾と東京湾の分水嶺を離れて東の東京湾に向かって降りて行く。

  114 六浦南小学校                 115 小学校上の国境
   

 六浦南小学校の南にある尾根は見えるが、残念ながら尾根に登る道はない。おそらく尾根沿いの古道があったはずだが、新興住宅地に住む人々にとっては、車も通れない古道には価値がないのかもしれない。いや、そこに国境があったことさえ知らないだろう。



  116 六浦台その2                 117 六浦台住宅地裏の国境
   

 写真に117の住宅地に端でようやく久しぶりリアル国境に再会した。そして、地図によると、そのすぐ東側に国境の分水嶺をまたぐ道路があるはずである。その現場が写真118であった。

  118 横浜・横須賀市境 その1           119 118の地点から西をみる
   

 地図はここである。国境の北側に広がる横浜市金沢区の六浦の住宅地と横須賀市の湘南鷹取の住宅地である。両者とも国境の尾根の斜面を住宅地にしたものだ。その二つの住宅街は国境(市境)で完全に分離されているが、唯一ここだけで繋がっている、と思ったら、たしかに道路は繋がっているが、その中央にはわざと階段を作って、車が通れないようにしている。だから、写真121のように道路を駐車場代わりに使っても文句をいわれないのだろう。



  120 118の地点から東をみる           121 118から南の横須賀市側をみる
   

 この国境に車を通すと、住宅地を通り抜ける車が増えてまうので、このようになっているのだろう。しかし、両住宅地の行き来は、歩けば10mのところを、車だと下の地図のように国道16号を迂回しなければならない。その場合の距離は、2.8kmにもなる。

     

 さて、このふたつの住宅地を隔てる国境であるが、写真120、123のように、快適な美しい緑の遊歩道になっている。その遊歩道の西端が写真122である。行き止まりを確かめた後で、118に戻って今度は東に進もう。

  122 横浜・横須賀市境 その2           123 国境を東へ
   



  124 横浜・横須賀市境 その3            125 横浜・横須賀市境 その4
   

 階段で国境尾根が高みを増すと、住宅地が終わり、緑の斜面となる。階段を降りて再び住宅地になると、国境を横切る道が再び現れた。写真127である。

  126 横浜・横須賀市境 その5           127 横浜・横須賀市境 その6
   

 国境の横須賀市側に出ると斜面に細い道が続き、やがて尾根には道がなくなり、階段で横浜市側に降りてしまう。

  128 横浜・横須賀市境 その7          129 横浜・横須賀市境 その8
   

 京急線をガードで横切って国道16号線に出た。

  130 京浜急行ガード                131 国道16号線横浜・横須賀市境
   



  132 横浜市境標識                 133 横須賀市境標識
   

 国道の国境はもちろん市境でもあるので標識があるが、そこから国境尾根の断面を見たのが写真134である。本当は尾根が続いていたのだろうが、国道16号線は坂道を作ることもなく、尾根を完全に切り崩していて、そこに国境尾根があったことをだれも知らないのではないか、と思うほどである。

  134 国道16号線国境尾根断面           135 横浜・横須賀市境 その9
   

 国道16号を渡ると尾根の上に道路が作られ、周囲は住宅やマンションになってくる。この尾根は、写真134の尾根とつながっていたのだろう。

  136 尾根緑地                   137 横浜・横須賀市境 その10
   

  138 国境から横浜市側を望む            139横浜・横須賀市境 その11
   

 そして、尾根の末端は、追浜本町一丁目公園になっていた。この公園から野島に続く眺めが、国境兼市境である。もう、国境の旅もあとわずかだ。

  140 追浜本町一丁目公園              141 公園から国境を見下ろす
   



  142 追浜本町一丁目公園から海へ          143 追浜本町一丁目公園の分水嶺末端
   

 公園から坂道を降りて、写真143の最後の国境尾根の断面を見届けてから、もう平地になってしまった団地の中の国境を歩く。市境は写真145で横浜創学館高校の北端を斜めにかすめていくが、この高校はそのほとんどが横須賀市内にあるにも関わらず、横浜を名乗っているのは、なかなか微妙である。

  144 横浜・横須賀市境 その12          145 横浜創学館高校の市境
   

  146 横浜・横須賀市境 その18          147 横浜・横須賀市境 その19
   



 団地を過ぎて斜めの国境道を進み海岸沿いの道を渡ると、写真149の公園にでる。野島公園の一部らしい。

  148 横浜・横須賀市境 その20          149 野島公園室の木地区
   

 2014年9月23日16時2分、野島公園室の木地区に到着した。この夕照橋の袂の東京湾が、相模国と武蔵国の国境の終点である。延べ4日間の国境の旅は、この穏やかな東京湾の入江で終わりを告げた。神奈川県一周でここを通ったことを思い出した。

  150 夕照橋横                   151 国境から野島を望む
   

 152 夕照橋袂の案内板


 153 夕照橋


 上戸彩と斉藤工がドラマで不倫デートをしていた平潟湾の美しい景色を横目に、帰路の金沢八景駅を目指す。

  154 平潟湾の金沢シーサイドライン         155 金沢八景駅
   

 16時27分、金沢八景駅に着き、国境をたどる放浪も終わった。

    GPSによる本日の歩行経路 (時間:7h55m 距離:33.3km 歩数:41839歩)
  

 今日は、迂回をしたり山道を彷徨したりで、かなりの距離と歩数であったが、なんとかゴールまで辿り着くことができた。米軍池子住宅や横浜横須賀道路で分断されている国境であるが、港南台から横浜・鎌倉・逗子市境までは、緑の尾根づたいに国境の古道が残され、整備されたハイキングコースが続き、十分楽しめるものであった。また、東朝比奈の分水嶺を外れた謎の国境に道が残っていることを確かめることができたのは、大きな収穫であった。
 ネット上でもいくつか相模国と武蔵国の国境を取り上げた記事はあるようだが、少なくとも、現在、踏破が可能な神奈川県内の国境をすべて通して歩いた詳細な記録はない。
 東京湾と相模湾をわける壮大な分水嶺の地形、飛鳥時代から続く国境の歴史、戦後の住宅地開発により尾根をはじめとする地形が徹底的に破壊されている様、ゴルフ場や米軍池子住宅が国境を占拠し分断している実態、分水嶺を貫く鉄道や道路といった日本の大動脈、昔の旅人もみたであろう景色など、国境を自分の足で歩く4日間の旅は、この目で多くのことを見て、考えて、感じることができる機会であった。

               
相模国と武蔵国の国境を行く  

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